自然史博物館関連資料 「対話と連携」の博物館 ― 理解への対話・行動への連携 ― (市民とともに創る新時代博物館) その3 |
発行:2002/03/10
この資料は本会第6回総会記念講演「自然史博物館の役割と在り方」のなかで、中川志郎茨城県自然博物館長(日本博物館協会副会長)が紹介された、「博物館の望ましいあり方」調査研究委員会報告書<要旨>(日本博物館協会:2001年3月発行)からの抜粋です。
U.新しい博物館への取り組み(総論) 「知識社会」の多様な市民需要に対応し、生涯学習の中核として機能する新しい博物館は、「対話と連携」を運営の基礎に据え、課された主題に果敢に取り組み、更なる進展のために、博物館・設置者・行政・市民の協調による基盤整備を着実に推進する。 市民需要の変容と増大への対応は、博物館活動の新しい展開を中軸にしつつ、これを支える知識社会の新しい枠組みを基盤として達成されるものだからである。 (1) 法的整備・新しい枠組み わが国博物館の法的枠組みは、教育基本法に端を発し、社会教育に関する国及び地方公共団体の役割を既定した「社会教育法」(1949年)第9条において「社会教育のための機関」として位置づけられ、その立脚点が定まった。その具体的枠組みは、1951年公布の「博物館法」によって明かにされ、さらに、「公立博物館の設置及び運営に関する基準」(1973年)が告示されて、博物館設置運営のガイドライン的役割を果してきた。 しかし、工業社会から知識社会へ、そして生涯学習社会へと急速にシフトする社会の枠組みの変容は、従来の博物館の法的枠組みにも大きな影響を与えている。事実、1998年の生涯学習審議会答申「社会の変化に対応した今後の社会教育行政の在り方について」は、重要視点として、*地域住民の多様化・高度化する学習ニーズへの対応、*生涯学習社会の構築に向けた社会教育行政、地域社会及び家庭の変化への対応、*地方分権・規制緩和の促進、民間の諸活動の活発化への対応を掲げ、それを可能にする新たな枠組みの必要性を強調している。 本答申の中で、博物館行政に直接関係する部分としては、*博物館の望ましい基準の大綱化・弾力化と公立博物館の学芸員定数規定の廃止(公立博物館の設置及び運営に関する基準関係)、*社会教育施設の民間委託の検討(地方自治法関係)、*博物館設置主体に関する要件の緩和(博物館法関係)等が取り上げられ、すでにその一部は文部省告示(学芸員定数)や生涯学習局長通知(博物館相当施設)によって具体化している。 それというのも、わが国の博物館行政は、国は文部科学省、地方は教育委員会が所管しているが、従来、行政対象としてきた博物館は、博物館法に定める登録博物館と博物館相当施設であって、この要件に満たないものは除外されてきた経緯があるからである。例えば、最近の傾向として人員・施設ともに整った博物館が首長部局に所属するものが多くなっているが、教育委員会に属さないがゆえに相当施設への指定要件を欠くとされてきたし(1998年、生涯学習局長通知で改正)、また、国立博物館も、当然に登録博物館の範疇にはなく、一部の博物館が相当施設の指定を受けているにすぎない。更に、博物館法に定める施設・資料・職員・事業・運営に関する審査基準で登録要件にも相当施設背要件にも満たないとされる博物館は、博物館類似施設という博物館法の規定にもない博物館群として数的調査の対象にはなっているだけである。 しかも、文部省の社会教育調査によれば、1999年の博物館数5,109施設のうち、登録博物館は僅かに769館(15%)、相当施設が276館(5.4%)、両方あわせても総数の20.4%に過ぎない。しかも、博物館総数が飛躍的に伸び始める昭和50年代以降、登録博物館・相当施設はほぼ横這いなのに対し、類似施設は急速な伸びを示しているのである。このことは、換言すればわが国の新しい市民需要の多くを、これら博物館法上は博物館とみなされない類似施設が受け持っていると考えることができよう。 勿論、数字だけですべてを語ることはできないが、5,000の博物館のうち4,000以上が博物館法の適用を受けられない現状は、博物館振興・社会教育振興の目的に照らしても「法の精神」にそぐわないのではあるまいか。ましてや、生涯学習社会の中核的機能を博物館が受け持ち、柔軟性と密度の高いサービスを提供しようとする時、すべての博物館は、その個性と規模に応じた活動を行い、その総和が社会に対する「博物館力」として評価される筈だからである。今や巨艦主義や護送船団方式は終わりを告げ、国立も公立も私立も、大規模館も小規模館もすべての博物館がそれぞれに相応しい現代的ミッションを掲げて互いに連携し、社会の要請に応える時である。 こうして見る時、「博物館法」を中心とする今の法的枠組みは、現代の社会的要請に応えるには不備な点が多く、関連法規を含め全体的な見直しをする必要があろう。国立博物館の一部が「独立行政法人博物館」へと移行し、大学博物館の整備が本格的にスタートした現状は新しい枠組みへの底流である。全国の博物館を包括し、総和としての博物館力を高められる広範な守備範囲をもつ、柔軟性の高い法体系が望まれる。 確かに“博物館の望ましい基準”は、単に数量的なもののみによって決められるものではなく、博物館がそれぞれの個性に応じて如何に機能し、地域社会に貢献し得たかの内容によって計られるべきであろう。これからのガイドラインは、数量的基準と機能的基準のバランスの上に構築され、すべての博物館がそれを拠り所にして向上していくものでなければならない。このような「新ガイドライン」は、法体系見直しの一環として現行の「博物館法」や「公立博物館の設置及び運営に関する基準」を新しい博物館活動を基盤として見直し整備していく行政ベースの場合と、NGOとしての博物館連合組織が組織目標として独自に設定し、現行法体系の中で市民需要を最大限に活かしていく民間ベースの場合が考えられよう。しかし、新需要の急速な高まりの現状からすれば、行政ベースを視野に入れつつ民間ベースでの活動を推進する戦略が現実的ではないかと考えられる。 (2) 人的整備・新しい博物館専門職 多様な市民需要に応える博物館的対応の中心は、いうまでもなく学芸員をはじめ学芸的職務に従事する博物館専門職である。一方、生涯学習時代における学習ニーズの高まりと、IT革命といわれる高度情報通信技術の急激な進歩は、博物館に対する市民需要を量的にも質的にも一変させた。博物館の基礎機能といわれるコレクション機能に変容をもたらし、教育普及を中心とする公共サービス機能に多様な新しい需要を生み出すことになったからである。この変容と新需要に的確に対応することこそ現代の博物館専門職に課せられた命題である。 しかし、現今の博物館現場では決して理想通りには運んでいない。1999年版博物館白書・博物館のかかえる問題点(第7章)によれば、「学芸員が量・質ともに不十分」、収集・保存が十分にできていない」、「調査・研究がおろか」の項目にいずれも60%以上の回答が集まっているのである。 事実、文部省の社会教育調査(1999年)により、博物館1館当たりの職員数をみると、博物館法の適用を受ける登録博物館・相当施設にあっても、総数14.6人で、そのうち専任学芸員は2.8人に過ぎない。類似施設では更に少なく総数で6.3人、専任学芸員は0.32人で、学芸員を欠く施設も決して少なくないことを示している。確かにこの数字を見る限り、個々の博物館が自助努力のみで市民需要に十分に応えることは極めて困難と言えよう。 「公立博物館の設置及び運営に関する基準」第12条では“博物館には、学芸員を置き、博物館の規模及び活動状況に応じて学芸員の数を増加するように努めるものとする”となり(1998年)、明確な数値基準はなくなったが、その本質は「学芸員数は単に施設規模の大小によってきめられるのではなく、活動の内容に着目して決定すべきである」という趣旨と捉えるべきであろう。このためには、生涯学習社会の市民需要の変容と新需要を的確に把握し、単なる数値基準ではなく、この需要のためにこの職が必要と言う明確で新たな基準を構築することが必要である。すでに欧米では基礎需要の変容と新しい需要にマッチした職種が数多く生れ、それらの総合としての博物館活動が主流になっているように思われる。 学芸員制度及び資質向上については、日本博物館協会が1970年に「学芸員制度調査会」を設置し、当時としては画期的ともいえる「学芸員規定案」をまとめ、*学芸員の職階制、学芸員の研究職処遇、*科学研究費補助金などにも及んでいるが残念ながら現行基準には殆ど生かされていない。近くは1996年に生涯学習審議会社会教育分科審議会において、学芸員等の「養成、研修等の改善方策について」の審議・報告がなされているが、大学における養成課程で従来の10単位以上が2単位増えて12単位になるなど、その一部が具体化されているのみである。 しかし、同審議会での検討テーマも*養成内容の改善・充実と資格取得方法の弾力化、*研修内容の充実と研修体制の整備、高度な専門性の評価、*幅広い人事交流等の配慮と有資格者の積極的活用等で多岐に亘っており、報告内容には見るべきものも多いが、現在に至るまでほとんどが実現に至っていない。学芸員に対する現代的要請にかんがみ、早急に実現を図るべきであろう。また、同報告は“人類や地域にとって貴重な資料や文化遺産等を取り扱い、人々の新しい知識の創造と普及のために役立てるという業務の特性から、学芸員には極めて高い職業倫理が必要とされている”としており、日本の博物館専門職として「倫理規定」を設けることも視野に入れるべきであろう。 (3)財政的整備:新しい経営 博物館運営にとって財政的整備は極めて重要で、深刻な問題である。事実、1999年版博物館白書で「館の問題点」をアンケート調査したところ、“財政的に恵まれていない”と回答したものが全体で74.5%を占め、この問題に関する関心の高さ、深刻さを裏付けている。それは、生涯学習社会になって博物館に対する社会的需要が増大し、公共サービス機関としての機能が強く求められる時代になり、それに積極的に応えようとすればするほど、硬直化している公立博物館の財政的枠組みとの間の大きなディレンマに直面し、また、最近の低金利政策は基金運用による収入を主財源とする私立博物館の活動を大きく阻害する事態を引き起こしている。 公立博物館に対する国の地方財政措置としては、地方交付税の道府県分普通交付税の算定にあたって「その他の教育費」の中に「博物館費」が組み込まれ、市町村立博物館については、特別交付税において一定の財政措置が行われている。ちなみに2000年度都道府県立に係わる「博物館費」単位費用積算明細をみると、人口170万人を測定単位とする道府県分で一般財源として184,703千円が見込まれている。 しかし、「教育普及活動」経費が1994年度になってやっと計上されたことからも分かるように、その内容は生涯学習時代の新たな需要に即応するものにはなっておらず、地方財政の逼迫とともに公立博物館の運営を厳しいものにしている。特に市町村立の博物館は博物館法上規定のない類似施設に属するものが、2,756館(全体の67.8%)にのぼり、1996年度の経常経費総額で年間1,000万円以下の最小クラスが「郷土博物館」で約5割以上、「歴史博物館」で約3割に及んでいる。更に活動に直接関わる事業費を見てみると、年間事業費300万円以下が実に3割を超えるのである。このような地域密着型の博物館施設が生涯学習社会に果たす役割の大きさを考えれば国、地方公共団体ともに、その活性化のために財政基盤を確固としたものにする努力が何にもまして必要である。 博物館を設置運営する公益法人については、公益法人としての税制上の優遇措置が設けられているほか、所得税法・地方税法・法人税法等に優遇措置がある。しかし、問題はこれら優遇措置を受けられる博物館は「登録博物館」に限られており、しかも優遇措置を受ける上で多くの障壁があるということである。因みに、私立博物館で登録を受けている施設は民法法人立で全体の半数に満たず、その他の法人立では総数733施設のうち登録館は僅かに26館にとどまっている(社会教育調査/平成11年度)。 また、特定公益増進法人については、「私立博物館における青少年に対する学習機会の充実に関する基準」(1997年文部省告示54号)第2条(望ましい基準)を満たす登録博物館の設置運営を主たる目的とする民法法人は、所得税法等に規定する要件を満たした場合に認定されることとなったが、「望ましい基準」を満たすとして文部大臣により告示された336件のうち、2000年10月1日までの間に大蔵大臣により認定されたものは僅か4件に過ぎない。これからの私立博物館が適切な活動を展開するため、世に広く浄財を求め、寄進・寄託を受けるにも寄付者に対する減免税措置は不可欠であり、「望ましい基準」を満たす博物館については速やかに認定の道を開くよう強く要望したい。 博物館の調査研究は博物館活動の基礎であり、その内容も*資料に関する専門科学的研究、*収集・保管に関する技術的研究、*展示・教育に関する理論・方法論など多岐に亘るが、その財政的裏付けは極めて乏しい。特に最近では、活動内容として一般に理解しやすい教育普及に財政支出の比重がかかる傾向が顕著になり、基礎研究には予算が回り難い状況にあるといってよいであろう。このような状況下で有効なのは文部科学研究費補助金であるが、この申請をするためには、予め申請を行うことができる学術研究を行う機関としての指定を文部科学大臣から得ておく必要があり、その資格要件を満たすことは容易でない。研究者の数や予算に高いハードルが設けられているからである。したがって、現在、申請資格を持つ公立博物館は僅かに数館に限られている実情である。わが国の博物館の基礎を支える研究の必要性を考慮するならば、速やかにその幅を拡大し研究助成への道を開くか、博物館学的研究推進のための新たな公的補助システムの構築を考えるべきであろう。 (4)体制的整備:新しい運営 博物館の使命声明書(mission statement):市民需要の著しい多様化、高度化、個別化は、博物館自身の多様化をもたらし、従来の定義では包含できないような博物館を多く輩出させている。博物館は社会を映す鏡である(J.ボーベルグ)といわれるように、この傾向は今後更に顕著になるであろう。このことは、それぞれの博物館がそれぞれの個性を持ちながら、しかも、互いに連携しあうことで多様なメニューを市民に提供でき、市民が“自らの選択によって学ぶ”生涯学習の多様な需要に応えられることを示している。 しかし、わが国の博物館は今まで、それぞれの博物館が個性を発揮し、特徴ある活動を明かにし市民の選択ニーズに応えようとする努力が必ずしも充分ではなかったように思われる。欧米の博物館の多くは、その施設としての使命を対外的に示す文書(mission statement)を持ち、館の目的、方針、目標などを端的に示し、機会を捉えてはその広報に努めているのが現状である。勿論、我が国の博物館にも設置目的があり、方針も定められているが、個性に乏しく、市民の選択ニーズに応えていない、と言ってよいであろう。 事実、公立博物館には、博物館法に定められている目的をそのまま館の使命として掲げているものが多く、内容も大同小異なのである。僅かに私立博物館の中に館独自の使命を明示する例が見られるのと、1980年代以降に設置された博物館に、「開かれた・市民共有・交流の場・生涯学習の拠点・支援」など利用者主体の使命を表明する博物館が漸増していることに時代の流れが見られる程度である。 いま、日本の博物館が「対話と連携」を運営の基盤に据え、総合としての博物館力を向上させようとする時、個々の博物館がそれぞれの個性を明確にし、館の目的、方針、目標を新たな「使命声明書」として明らかにすることは、対話と連携の前提として、また、市民の選択ニーズに対応する手段として極めて重要だからである。 市民参画:生涯学習社会における教育システムの特徴は「市民参画」と言ってよいであろう。従来、学校教育のなかではPTA組織による「市民参加」が行われてきた経緯があるが、2000年1月の学校教育法施行規則の改定で、新たに公立学校に「学校評議員制度」が導入され(第23条の3)、市民が直接、学校経営に参加する道を開いたことは、一歩「市民参画」へ踏み出したものである。 博物館経営に関しては、博物館法に公立博物館に既に「博物館協議会」の設置の定めがあり、市民参加の道が開かれているが、この委員構成に関しても地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律(「地方分権一括法」:2000年4月1日施行)によって、設置者である地方自治体に委ねられることになった。このことによって、博物館協議会が更に本当の意味での「市民参画」へ動き出す土壌が整ったと考えられよう。 これら学校評議員制度や博物館協議会制度は、運営方針策定への市民参画のシステムとして重要であることは論を待たないが、決められた方針を実行に移す段階における市民参画の形として友の会・ボランティア・市民学芸員などが極めて重要である。博物館の方針策定への参画とその具体化への参画は車の両輪であり、どちらが欠けても生涯学習時代の博物館像を描くことは困難である。 ただ、残念なのはわが国博物館の現状では、両輪ともに充分に機能しているとは言い難い。協議会の運営が形だけに留まっているものも少なくなく、友の会の組織率が僅かに21.9%、ボランティアに至っては14.2%(1999年度版博物館白書)という低率にあるという実態である。市民参画を実効あるものとし、生涯学習社会の中核施設として博物館が機能するためには、まずここからの取り組みが必須のものとなろう。 |