自然史博物館関連資料 「対話と連携」の博物館 ― 理解への対話・行動への連携 ― (市民とともに創る新時代博物館) その1 |
発行:2000/09/01
この資料は、本会の第6回総会記念講演「自然史博物館の役割と在り方」のなかで中川志郎茨城県自然博物館長(日本博物館協会副会長)が紹介され、「自然博推進協通信」第20号に掲載した「記念講演要旨」の注で、「自然博推進協通信」誌上で紹介することを予告した「望ましい博物館のあり方」調査研究委員会報告書<要旨>(日本博物館協会:2001年3月)の抜粋です。 T.新しい博物館の考え方 1.「対話と連携」の博物館 21世紀にふさわしい「望ましい博物館」とは、「知識社会」における新しい市民需要に応えるため、「対話と連携」を運営の基礎に据え、市民とともに新しい価値を創造し、生涯学習活動の中核として機能する、新時代の博物館である。 (1)社会的背景 「知識社会」は農耕社会、工業化社会に続く第三の人間社会変化の潮流として起こった。後期工業化社会における物質文明の急速な進展が物質的豊かさをもたらす一方で、回復困難な自然破壊を招来し、画一的で没個性的な社会システムが、「人間性の喪失」に繋がる影の部分を露呈したからである。この社会変化の第三の波は産業優先の社会から生活優先への流れであり、物質文明を基盤とする工業社会から生涯学習社会への移行、即ち、「モノ」から「ココロ」優先への明確な思考パターンの変換であった。 生涯学習社会の本格的な到来は、従来の「教育の枠組み」に根本的な改革をもたらし、画一的で定型的な学校中心の教育から、生涯にわたっての多様で個性的な「生涯学習システム」に軸を移したのである。この改革が世界的潮流になったのは、1980年代で、アメリカでは連邦政府報告書「危機に立つアメリカ」が発表されて全国的な教育改革運動に繋がり、イギリスではサッチャー政権主導の改革が1988年の「教育改革法」を生み、フランスではミッテラン大統領のもとで「新教育基本法」(1988)が成立している。 わが国では平成2年(1990)に「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」が施行され、明治初期の「義務教育制度の公布」、第二次大戦後の「デモクラシー教育」に次ぐ第三の教育改革として登場し、教育体系の基盤に根本的な変革が加えられたのである。 この世界的な潮流は、社会教育施設として教育分野に活動の場を持つ博物館の立脚点にもかってない大きな変化をもたらした。博物館の活動は大別してコレクション機能(収集、保管、調査研究等)とサービス機能(展示、教育普及等)に分けられるが、欧米の博物館がいち早くコレクション機能を基盤とする公共サービス重視の方向を打ち出し、公共サービスの中心に「教育を置く」とする路線を明確にしたのは、この分野が軽視されていたという自己認識もさることながら、知識社会の具体化としての生涯学習システムの中にこそ新時代博物館の存立基盤があると判断したからにほかならない。 (2)基礎需要の変容と新需要の台頭 生涯学習社会が博物館に期待する機能とは何か。博物館が新教育体系のなかで市民の現代的要請に的確に応え、社会的存立基盤を明確にするためには、先ず、需要の内容を明確に捉え直す必要があろう。その第一は、若年期における学校中心の教育体系から生涯にわたる教育・学習へのシステムシフトが、博物館に対する市民需要を質量ともに飛躍的に増大させただけでなく、博物館にある資料と情報という知的資源が国民共有の財産であるという認識を一般化したことである。それは「生涯のいつでも、自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が適切に評価されるような生涯学習社会」到来の必然のプロセスであり、開かれた博物館を求める世界的な潮流となったのである。 第二は、博物館の基礎的需要といわれるコレクション機能に大幅な変容が訪れたこと、サービス機能の内容に変容と新たな需要が台頭したことへの的確な認識である(下表)。全ての市民に開かれ、国際的にも開かれた博物館は従前の活動にとらわれず、変容する基礎需要と台頭する新需要を的確に受け止め、二十世紀後半に起こった情報技術革命(IT革命)をも視野にいれながら、博物館の現代的機能を早急に構築しなければならない。 基礎的需要の変容 新需要の台頭 収集 → 収集倫理、現地主義、遺産保護(自然・文化)、動物福祉 整理・保管 → ディジタルアーカイブ、国際標準、遺伝子分類、アクセス権 調査・研究 → 学際的研究、博物館教育学、情報管理学、経営学 展示 → 新展示 ハンズ・オン(参加体験重視)、マルチメディア、電子博物館、バーチャルミュージアム、バリアフリー、ユニバーサルデザイン 教育・普及 → 学社融合 アウトリーチ(館外活動)、テーチャーズルーム(学校対応室)、エデュティーンメント(教育+娯楽) 学習支援 多彩な学習メニュー、多様なアクセス、 慰 楽 ミュージアムショップ、レストラン、イベント 地域連携 家庭・学校・博物館、協議会 市民参加―市民参画 友の会、ボランティア、市民学芸員 収集 → 保管 → 公開 → 参加 → 参画 (3)博物館運営のジレンマと対応 問題は急速に多様化、高度化、個別化する市民需要に対し、活動を推進するための博物館人意識がその緊急性に照らして必ずしも高いとは言えず、また、ツールとしての博物館資源(人材、資材、予算、情報)も総じて不十分な状況にあるという現状認識である(平成11年度版 博物館白書「日本の博物館の現状と課題」参照)。 白書の示すところによれば、日本の博物館のもつ「全般的な問題」として5割以上の高率回答となった項目は、@館による格差が大きい、A社会的な支持基盤が弱い、B堅苦しいイメージがある、C日常生活から遊離してしまっている、の4項目であった。 @については規模格差、設置母体格差、地域格差など種々の内容が考えられるが、それらはマイナス要因として捉えられ、活動の限界として認識されているように思われる。しかし、施設、職員、予算規模の比較で平均値を上回っている館が全体の3割に満たないことを考えれば、あとの7割の活性化が図られない限り博物館全体としての総合力は決して上昇できないであろう。この「格差感」をマイナス要因ではなく、博物館の特徴の一つである「多様性」を示すプラス要因として捉え、その多様さを博物館全体としての総合力に転化しうるような施策を展開することこそ何にも増して重要であり、緊急課題なのである。 Aは、BとCという原因があっての結果ということであろう。堅苦しいイメージがあり、日常から遊離してしまっている博物館など誰も支持しようなどと思わないに違いないからである。博物館そのもののリニューアルの重要さもさることながら、博物館人の意識改革もまた重要なポイントであることをこの回答は示している。 博物館資源に関する調査で高率回答となったのは、@財政的に恵まれていない、A学芸員が量的にも質的にも不足している、B情報化に立ち遅れている、C資料の収集・保存が十分にできていない、などで、しかも1974年の第一回調査以降この傾向は変わっていない。これは、博物館が新時代に向けて脱皮・変容を模索している間に、市民需要の方がどんどん先行してしまったということであろう。しかし、博物館が社会的存在意義を明らかにするためには、今こそ現状を打破し、早急に博物館自らが市民需要に応え得る施策を構築、実行しなければならない。海外でも事情は同様で、アメリカ博物館協会が「卓越と均等」(*1)を発表して全国運動を展開し、イギリスが「共通の富」(*2)を指針として博物館活動の一大転換をはかったのもその現れに他ならないであろう。 今回、当委員会が提唱する「対話と連携」の博物館はこの現状を打破し、速やかに生涯学習社会の役割を担うための緊急の対応策であり、同時に、その延長線上にある二十一世紀にふさわしい「望ましい博物館」、すなわち、市民とともに新しい価値を創造する新時代の博物館像を描こうとするものである。「対話」による相互理解と「連携」による行動こそ、個々の博物館のもつ総合的な力(博物館力)を飛躍的に高め、博物館運営に市民参画の新局面を拓くことによって地域の「教育力」を高める方策に他ならないからである。日本の博物館はこのようにして初めて生涯学習社会の市民の信託に応えることができよう。 |