コレクション紹介(4)
植田 亨氏の現生貝類標本

延原尊美

最終更新日:2007年9月20日



 本コレクションは、故植田 亨氏(昭和52年没 享年74才)が昭和28年から昭和39年に静岡県松崎保健所(旧賀茂郡松崎町)に勤務していた間、主に伊豆の西海岸で収集された貝類の標本です。氏は定年後の昭和40年に静岡市(旧清水市内)に転居された後も標本の整理や収集活動を続ける一方、公民館などでコレクションの展示会を開催し、同好者と「駿河貝の会」を行い研究されておられました。本標本は、「駿河貝の会」の会員である古田 収さんがご家族から預かり、整理されていたものを県学習資料保存事業でお預かりしました。

 貝類は「海の昆虫」と呼ばれるくらい種類の多様なグループですが、植田コレクションには標本数2,307点、実に種数986種に及ぶ貝類がおさめられています。その中には外国産あるいは他県の貝類も含まれますが、コレクションの主体を占めるのは西伊豆で採集されたものです。伊豆半島は、黒潮の影響のため暖かで外洋的な海で囲まれており、日本が誇る豊かな海洋生物の宝庫の一つであるといえます。また西伊豆側の海底は、急流河川による影響も少なく、水深2,000 mにまで及ぶ海溝(駿河トラフ)に下るひと続きの斜面となっていて、海底に生息する生物調査には理想的な環境です。そのため西伊豆の海は、多くの研究機関によって調査が行われてきた海域です。

 植田氏のコレクションは、西伊豆沖の多様性豊かな貝類相を代表する内容となっています。コレクションでは浅海域岩礁底〜砂底に生息するものが中心ですが、一部、ヒラセギンエビス、ウラウズカニモリなどの深海域の標本も含まれています。また、貝類の中でも種が多様に分化した仲間、たとえばニシキウズガイ科、タカラガイ科、アクキガイ科、ムシロガイ科、イモガイ科、タケノコガイ科、ニッコウガイ科、マルスダレガイ科などに属する種が網羅的に収集されている点は、コレクションとして魅力的です。植田コレクションをもとに、西伊豆の豊かでにぎやかな海底の様子を復元・展示するのもおもしろいかもしれません。

 ところで「西伊豆は豊かな海」と記しましたが、その一方で日本の海洋環境は沿岸開発や汚染、環境ホルモンによる悪影響など、さまざまな点で危惧される状況にあります。水産庁、日本水産資源保護協会、世界自然保護基金日本委員会などによって、いまや300種以上の貝類が絶滅危惧動物のリストにあげられています。相模湾は、伊豆半島をはさんで駿河湾とは東隣になりますが 1960年代以降に消滅、消滅寸前、あるいは減少傾向にあるとされた貝類は111種に及んでいます(葉山しおさい博物館、2001年発行「相模湾レッドデータ 貝類」による)。陸上の動植物とは違って、一般に海底にすむ動物は個体群や生息場所の状態を直接目で確かめることが困難で、地道な資料の収集活動とその蓄積が必要です。

 植田氏のコレクションは、相模湾のような近隣の海で消滅傾向にある貝類が、駿河湾側で近年どうなっているのかを知る上で、基礎資料の一つとなると思います。残念なことに詳しい産地と採集日付が明らかでない点が悔やまれますが、ほとんどの標本が保存良好であり(巻貝であれば蓋が、二枚貝であれば靱帯や殻皮がのこっており、採集当時に生貝であったと考えられます)、戦後〜高度経済成長期における西伊豆の貝類相を示す直接的な物証であるといえるでしょう。


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登録日:2007年9月20日


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