静岡県の哺乳類 (1) 森のねぼすけ ヤマネ 春田亜紀 |
「氷鼠(こおりねずみ)」「山凍子(やまっとうし)」「死寝鼠子(しねねこ)」「冬眠鼠(とうみんねずみ)」「怠鼠(なまけねずみ)」「鈍(のろ)」「毬鼠(まりねずみ)」「玉鼠(たまねずみ)」「火鼠(ひねずみ)」「山栗鼠(やまりす)」。これはみんな、地方の昔のヤマネの呼び名。読めますか?これらの名前からもわかるように、ヤマネはとっても「ねぼすけ」と言われています。昼間や冬の間は樹洞や木の股などを利用して、マリのようにまん丸くなって眠っています。冬眠中には湿度の高い場所で、体温を低くして凍ったように眠るそうです。(この冬眠のメカニズムは現在も国家プロジェクトとして研究が行われていて、将来は人間に応用!なんてこともあるかも知れません。) 私は5年間静岡県でヤマネの調査をしてきましたが、5年目にして初めて出会ったヤマネは、まさに「ねぼすけ」状態。調査用の巣箱の中でぐっすりと眠っていました。私が指でつついたり、写真を撮ったりしても、「あんた誰?私眠いのよ〜」とでも言っているように、眠そうにこちらを見つめていました(写真)。ところが、しばらくモゾモゾしていたら、だんだん動きが活発になって、突然すごい早さで巣箱を飛び出し、あっという間に森の中に消えてしまいました。文献によると夜間活動中のヤマネは、木から木へ枝から枝へ高速移動し、1mくらいの距離は飛び移ることができるといいます。8pの体で1mということは、自分の10倍以上の距離!前述の名前でなく、「俊足鼠」とか「跳躍鼠」なんて名前をつけてあげたいぐらいです。 ヤマネのお食事メニューは、主に昆虫(ガ・ハチ・トンボなど)や果実(アケビ、ヤマブドウなど)で、他にも花の蜜や花粉を食べます。 消化吸収が良く、固くないものが好きで、これは内蔵の発達や歯の構造に関係があります。逆にヤマネをお食事メニューとしている生き物は、フクロウやヨタカ、ヘビなどで、冬眠中のヤマネはテンやキツネ、モグラやネズミにも捕食されることがあるそうです。 ヤマネの生息にとって大切な条件は、昆虫がたくさんいて果実のなる森林があることや、樹洞があり湿度の高い比較的成熟した森林があることといえそうです。静岡県では、南アルプス、井川、梅ヶ島、山伏、樽峠、富士山などの森林で生息が確認されています。しかし情報が少なく、詳細はまだわかっていません。調査をするために、山に出かけても、ヤマネの生息に適した森林が少なくて、調査する場所を見つけるのが大変でした。調査努力量と発見率から考えてみても、個体数は少ないのではと予想しています。 ヤマネは長い間、高山の生き物と考えられてきました。雪が降る高山の落葉広葉樹林で多く発見されてきたからです。ところが最近、温帯照葉樹林にも生息していることがわかってきました。静岡県内でも前述の山間地の他に伊豆の南方の温帯林でも発見されています。この照葉樹林のヤマネは、冬季も活動するとか、目の周りが黒い傾向があるとか言われていて、生態も形態も高山のヤマネと違うのではと考えられています。また、沖縄にもヤマネがいるかもしれないという可能性にも結びついていて、今、ヤマネの研究者たちは心を熱くしています。 静岡県だけでなく日本全体を見てもまだまだわからないことが多いヤマネ。小さくて愛らしいこの生き物が100年後の日本の森の中で、寝ぼけ眼と俊足で暮らしていることを願ってやみません。 |
自然史しずおか第5号の目次 自然史しずおかのindexにもどる Homeにもどる 登録日:2004年6月25日 NPO 静岡県自然史博物館ネットワーク spmnh.jp Network for Shizuoka Prefecture Museum of Natural History |