口絵・コラム

増えている? 遠州地方のタガメ

北野 忠  (静岡淡水魚研究会)

発行:2002/03/10



  
タガメ(成虫)                    タガメ(幼虫)

    
     タガメのたまご      タガメが見られた堀り上げ


タガメが見られた池
 タガメは、体長6cmほどにもなる大型の水生カメムシで、水田や池沼に生息しています。日本では北海道から与那国島まで広い範囲に分布していますが全国的に減少しており、絶滅してしまったと思われる地域も少なくありません。遠州地方でも、過去の記録や年輩の方から聞いた話によれば、かつては普通に生息していたと思われますが、他の地域と同様に1980年代以降の採集記録は極めて少なくなってしまいました。

 ところが近年、遠州地方ではどうやら増えている傾向にあるのです。私は、1997年ごろから県内の水生昆虫の分布調査を微力ながら続けてきました。その結果、引佐町の水田でタガメを確認することができました。また、その近辺を調べたところ、大げさに言えばあちこちの水田地帯でタガメの姿をみることができたのです。その後、天竜市でも採集でき、さらに三ヶ日町で採集された個体を検する機会にも恵まれました。また、初夏には卵や幼虫も確認できたことから、現地で繁殖していることも分かりました。

 調査をはじめた頃は、「近年記録がなかったのは、単にこの近辺で調べた人がいなかっただけだろう」と思っていました。ところが、今から15年程前には、この辺りでもタガメをほとんどみなかったという話を聞いたことがあります。私のこれまでの調査でも、1999年まではタガメが全くみつかっていない場所で、2000年以降になってから容易に採集されるケースがいくつかあり、確実に生息地を増やしているという印象を受けました。なお、「ため池の自然(信山社サイテック刊、2001年発行)」によれば、隣の愛知県でも近年確実に分布が広がっているとのことで、タガメ復活の現象は遠州地方だけでないようです。

 では、なぜ多くの水生生物が減少している一方で、少しずつでもタガメは増えているのでしょうか?残念ながらその理由は良く分かりませんが、タガメが多くみられる水田の管理をされている方から、以前ほど強力な農薬を使わなくなったと伺ったことがあります。もしかしたら、こうした稲作の変化が関係しているのかもしれません。また、誰かが放したと言う可能性もありますが、その場合には相当数の個体を、(愛知県も含めた)広い範囲に放さなければなりません。そう考えると、私自身は放虫によるものではなく、自然に増えているのだと思っています。

 しかし、いくらタガメが増えているといっても、水田地帯であればどこにでもみられるというわけではありません。タガメは体が大きいことから、生きていくうえで非常に多くのエサを捕食します。特にカエル類が好物のようで、タガメが見られる水田にはたいてい非常に多くのトノサマガエルやツチガエルをみることができます。つまり、タガメが生きていくためには、そこにカエル類が住んでいることが条件となり、さらにはカエルのエサとなる小昆虫がたくさんいることも必要となります。言い換えれば、非常に多くの種類の生物が数多く生活できるような水田にのみタガメがみられるといえます。

 よく、珍しい生物がみつかると、それを保護しようという運動が起こります。それ自体は重要なことだと思いますが、もともとそこに住んでいる他の生物は無視、ひどいときは排除してまで守ろうとする場合も見受けられます。このタガメも地域によっては保護の対象になっているようですが、ただ単に「タガメは珍しい」という観点でタガメだけを保護するのではなく、私は「タガメが生きていける環境が残っていることがすばらしい」という観点で、タガメを含めた多くの生物が生活できる環境を保全することが重要である気がします。

 また、近年昆虫の飼育がブームになっており、タガメを増やす人も多く見受けられます。そのこと自体は問題ないのですが、飼育下で増やしさえすればタガメの保護になるという誤解を招いている方も多いように思います。あくまで生物は自然の中で生きていけることが望ましいと思います。

 遠州地方では、今後さらに生息地を拡大していくのでしょうか?それとも再び姿を消してしまうのでしょうか?私は、今後も時間が許される限り、このタガメたちがどうなっていくのか野外での観察を続けていきたいと思います。



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登録日:2002年3月18日