博物館展示研究会の報告 林原自然科学博物館の展示開発研究会を聞いて 柴 正博 |
2006年2月12日と13日に、東京有明のパナソニックセンターで、林原自然科学博物館による展示開発研究会が開催されました。 パナソニックセンターには、2002年に松下電器と林原自然科学博物館(2009年に博物館施設は完成予定)が共同で開設した恐竜の博物館、ダイノソアファクトリーがあります。この博物館は、従来の標本を展示しているだけの博物館とは異なり、「恐竜の研究」を展示しているユニークな博物館です。また、展示パネルの代わりに無線LANを利用した携帯用コンピュータ末端PDA(Personal Digital Assistant)を使い音声ガイドによる展示解説を行っている点でもユニークです。 この研究会では、博物館の展示におけるチームアプローチの開発者のひとりでもあるExhibit Arts 社長のBrian MacLaren氏による「チームアプローチによる展示開発」という基調講演がありました。この内容は、博物館の展示は利用者のためにあるもので、利用者が快適に楽しく学ぶことのできる展示づくりのためには、キューレーター(学芸員・研究者)、デザイナー、エデュケーター(教育担当者)、プロジュクトマネージュー(展示デベロッパー)などが参加する展示開発チームが組織され、チームとして展示開発に取り組むことが必要であるというものでした。 従来の博物館の展示制作は、一般に制作主体である地方自治体などから依頼された構想委員会が展示や博物館についての展示構想を作成し、いくつかの展示業者に展示構想を提示して具体的なプランと予算を作成させて、コンペで選択して業者の提出した詳細な展示プランをもとに、展示や博物館がつくられます。そのため、実際の展示制作に学芸員がほとんど係わらない場合もあり、また係わった場合でも博物館のコンセプトや展示の目的、具体的な展示メッセージについて、最初から展示業者と議論することはありません。また、多くの場合、展示業者は展示物としての標本の専門家でないため、単なるデザイナーや展示装置制作者としての役割しかなく、雇われた側でもあるため、雇った側の意見に従わざるを得ません。 学芸員が中心となって展示構想や展示設計をする場合も、展示制作には学芸員と展示デザイナーしか加わりません。学芸員と展示デザイナーが展示プランを作っても、館長やその上の組織の長の意向で展示が修正されることも多々あります。 この研究会では、「展示は誰のためのものか」ということが強調されました。展示は館長や学芸員、展示デザイナーのものでもなく、展示はそれを見る利用者のものであると。従来の展示制作では、実は利用者の視点が大きく抜けて落ちていました。学芸員も展示デザイナーも利用者がわかりやすい展示をつくるべきだと思っていても、それぞれの立場で表現したいものがあり、それを展示に表現します。そのため、本当の意味で利用者の立場で展示が作成されていませんでした。 利用者の立場に立って展示を作成する人は誰かというと、それは博物館のエデュケーターになります。エデュケーターは展示ができた後もその展示の前で利用者に説明したり、利用者のための仕事に携わります。展示の制作にあたっては、キューレーター、デザイナー、エデュケーターが真に対等な立場で、それぞれの役割を果たして展示を作成していかなくてはならない、というのがチームアプローチの方法です。キューレーターは博物館では最も重要な標本の研究や管理をしているため、デザイナーやエデュケーターに対して強い立場になりがちですが、展示制作に関してはむしろエデュケーターが主導権をにぎり、中心になるべきです。 キューレーター、デザイナー、エデュケーターが対等な立場でそれぞれの主張を出せば、対立が起こります。しかし、それは当然のことでまた必要なことです。それぞれの立場が補償されてはじめて、それぞれの立場の人が意見をいえます。そのため、それぞれの立場を補償し、チーム運営をする必要があります。チームマネージとスケジュールや予算管理、それと展示制作プロデュースをする立場の人がいります。それがプロジュクトマネージュー(展示デベロッパー)になります。プロジュクトマネージューは展示制作プロジェクトについて統括し、外部の圧力に対しても展示の目的を守る役割をもちます。 ダイノソアファクトリーでは、当初キューレーターとエデュケーターによるチームアプローチが行われ、基本構想の段階で展示目的についてさまざまな議論がでたそうです。その中でチームとしての共通認識をもつことができ、「恐竜研究やフィールドワークの魅力−科学の研究は事実から導かれる」というを具体的な教育ゴール(目的)が設定されたそうです。そのため、この博物館の名前は、「Dinosaur FACT Story(恐竜の事実の話)= Dinosaur FACTory(恐竜の工場)」ということになったそうです。このように展示コンセプトや展示テーマが決定されて、FACToryという言葉からこの博物館の特徴的空間デザインや運営様式も生まれたさそうです。 次に、各展示の利用者に対する具体的の意味としてのTake Home Massage (THM) が明文化され、その後にデザイナーがチームに加わり、THMをもとに具体的な展示プランや展示デザインをチームで作成していったそうです。THMの具体的な例として、キューレーターが提出した「6500万年前に恐竜が絶滅した」というメッセージがあったそうですが、「6500万年前」という概念が利用者に必要かという議論から「恐竜は絶滅して今はもういない」というふうにわかりやすくなったそうです。 この研究会では、展示に関して博物館は利用者や博物館における学びの場として機能や教育活動を最優先に考えるべきであるということを、強く考えさせられました。私自身、いつもキューレーターの立場から展示設計をしていますが、エデュケーターとしての立場で展示を検討したことがありませんでした。博物館の展示については、エデュケーターのように常に利用者の視点や立場にたつことが必要だと感じました。 |
自然史しずおか第12号の目次 自然史しずおかのindexにもどる Homeにもどる 登録日:2007年9月20日 NPO 静岡県自然史博物館ネットワーク spmnh.jp Network for Shizuoka Prefecture Museum of Natural History |