静岡県の昆虫(1) 社会の変化が分布を変えたウスバシロチョウ 清 邦彦 (静岡昆虫同好会) |
白い半透明の羽を持つウスバシロチョウは、大きさもモンシロチョウを一回り大きくしたくらいで、とてもアゲハチョウ科には見えませんが、赤い点こそないものの、ヨーロッパなどで人気の高いアポロチョウの仲間なのです。 静岡県での分布は限られていて、伊豆半島や富士山麓には生息していませんでした。静岡県中部でも、海岸地方には見られず、安倍川や大井川の山間部に分布し、特に茶園、それも良質の茶の産地によく見られました。1年のうち5月だけに姿を見せるこの蝶は、茶つみ時の茶園の上を緩やかに滑空するように飛んでいました。 ウスバシロチョウの幼虫の主な食草はケシ科のムラサキケマンです。成虫はムラサキケマンの近くの枯れ草や小石などに産卵します。そのまま夏から冬を越し、翌春孵化した幼虫がムラサキケマンの葉を食べて育ちます。この卵が夏の高温に弱いため、海岸地方には生息できない、良質の茶園のある地域は夏に霧が発生することが多く、これが卵の越夏に好都合なのだとも考えられています。 1978年から、富士山には分布しないはずのウスバシロチョウが、富士山から発見され始めました。富士北麓の別荘地、西麓の開拓地、西南麓の耕作地周辺などからです。北麓に進入したウスバシロチョウはやがて山中湖、静岡県の小山町、そして御殿場市へと分布を広げてゆきました。西南麓に入ったグループは富士宮市北部から富士市の北部へ、やがて1992年には裾野市の十里木に達し、1995年には御殿場市の分布域とつながりました。つまり富士山麓をぐるっと取り囲んでしまったのです。 ウスバシロチョウは草地と樹林が交じり合った環境によく生息します。食草のムラサキケマンは湿潤で肥沃な土地を好むようです。富士山麓は、乾燥した草原地帯、あるいはうっそうとした樹海や植林地などで,そのような環境条件ではありませんでした。ところが別荘地の開発は人為的に草原と樹林の交じり合った環境を作り出しました。一方、このころ政府の減反政策や農家の後継者不足などで、山間部に休耕地が目立って増え始め、肥沃で湿潤だった土地にはムラサキケマンの群落が見られるようになりました。ウスバシロチョウの分布の拡大は富士山麓に限った話ではありません。日本の社会の変化が蝶の分布を大きく変えてしまったものと思われます。 ところで最近、もともとの生息地であった山間部の茶園周辺でウスバシロチョウの姿を見なくなったという話を耳にしました。茶園にまく殺虫剤のせいではないかとささやかれたりしているのですが、どうでしょうか。 富士山麓のウスバシチョウ生息地 |
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