自然史博物館関連資料

「対話と連携」の博物館
― 理解への対話・行動への連携 ―
(市民とともに創る新時代博物館)
その4

発行:2002/09/10



 この資料は本会第6回総会記念講演「自然史博物館の役割と在り方」のなかで、中川志郎茨城県自然博物館(日本博物館協会会長)が紹介された「博物館の望ましいあり方」調査研究委員会報告書<要旨>(日本博物館協会:2001年3月発行)からの抜粋(一部は要約)です。

U−2 条件整備への取り組み(各論)

 「知識社会」の多様な市民需要に対応し、生涯学習の中核として機能する新しい博物館は、「対話と連携」を運営の基礎に据え、課された主題に果敢に取り組み、更なる進展のために、博物館・設置者・行政・市民の協調による基盤整備を着実に推進する。
市民需要の変容と増大への対応は、博物館活動の新しい展開を中軸にしつつ、これを支える知識社会の新しい枠組みを基盤として達成されるものだからである。

(1)博物館資料

   提  言
  1. 博物館はその基本方針に従って、博物館資料の収集を積極的かつ継続的に行なうとともに、調査研究を進めて資料の資料の価値を高めるように努めなければならない。
  2. 博物館相互の「対話と連携」を一層推進するために、館相互での資料の貸借・寄託をしやすくするとともに、余剰または不要となった資料を相互に交換・放出しあえるようにすることが望ましい。
  3. 博物館資料は多様化・膨大化しており、それらの情報を共有して相互に利用しあえるようにするために、共通の登録・管理方式の基準を確立し、データベース化することが急務である。
  4. 博物館資料の収集に当たっては、博物館職業人が守るべき倫理規定を設ける必要がある。D人類共有の財産である博物館資料を適切な形で次の世代に引き継ぐために、資料の保存・修復を担当する部門を設置したり専門家を養成することが強く望まれる。

 博物館資料は博物館の広汎な活動を支えるとともに、科学の発展に寄与するものである。同時に地域の歴史や自然の現状を示す証拠として、収集される資料を全人類的資産として永久保管して後世に伝えることも博物館の責務である。

 人類の創造物および自然界に存在する全ての物は博物館資料の対象となり得るが、館の設置目的と基本方針に従って、積極的かつ継続的に資料の収集を行なう必要がある。1951年制定の「博物館法」第2条第3項では、「博物館資料とは、博物館が収集し、保管し、または展示する資料をいう」とされたが、1973年制定の「基準」第6条第5項では、「保管(現地保存を含む)」と規定され、博物館外の資料をも含むことが明示された。

 現在、自然および人類の遺産保護の見地から現地主義が重要視され、博物館は大きな変革期を迎えた。資料の概念も拡大され、マクロ的には発掘され現地保存されている古代遺跡、生態園(エコロジーパーク)、ビジターセンターを有する県民の森や野鳥の森、フィールド・ミュージアム、海浜景観などの自然景観や歴史的景観(町並み)など、ミクロ的には絶滅が危惧される種の保存のために「冷凍動物園」に保存されている生殖細胞、「シードバンク」に保存されている植物の種子なども博物館の一次資料と考えられるようになった。また、科学館等で法則の発見や証明などに用いられた装置を復元したものや原理を説明するための製作物なども重要な博物館資料である。

 これらを一次資料とすべきか、二次資料とすべきかは議論の分かれるところである。人文系では図書資料などが一次資料と見られる場合も多い。二次資料として、「基準」では「図書、文献、調査資料その他必要な資料」とされているが、近年はデータベース化された資料・映像などもあり、これらも拡大の一途をたどっている。このように博物館資料は多様化し、一次資料と二次資料の区別がしにくい資料が増えている。

 博物館資料が多様化・増大化しているとはいえ、有効活用と保存のために博物館相互に貸借・寄託し合うことが必要である。現在の公立博物館では、資料は自治体の財産であるため売却できない。しかし、展示を新鮮にし活性化させるための新資料購入に要する財源を確保するためにも、資料が不足している館の資料収集を支援するためにも、収蔵品のうち余剰・不要になった資料を処分することが可能になるようにして、博物館ネットワークを通じて博物館相互で交換・放出などができるようにすることが望ましい。

 博物館資料を共有するためには、情報の公開が必要である。現状では、各博物館が独自のデータベースシステムを構築し、その情報は私的に交換され、資料の貸借が行われている傾向が強い。しかし、各部門では情報の共有化に向けた努力が払われており、文化財関係では文化庁文化財保護部(1997年)により「文化財情報システムフォーラム実施要綱」が提案され、「文化財情報システム・美術情報システム」が構築されつつある。博物館資料は、部門・系列を越えた連携可能な形にデータベース化され、博物館相互が情報の共有を通してネットワーク化されることが望まれる。これには、共通の登録・管理方式の基準を確立することが必要である。

 資料の収集にあたって現在もっとも重要なことは倫理問題である。天然記念物、自然保護区禁漁(猟)区、禁漁(猟)期、漁業権などに関する国内法の手続きはもとより、「イコム職業倫理規定」(1986年)をはじめ、「ワシントン条約」(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約、1973年採択、1980年批准)、「ハーグ条約」(武力紛争の際の文化財保護条約、1954年採択)、「ユネスコ条約」(文化財の不法な輸入・輸出および所有権譲渡の禁止・防止手段に関する条約、1970年採択)、「ユニドロア条約」(盗取又は不法輸出された文化財に関する条約、1995年採択)などの国際的な規定や条約は、日本が批准しているか否かに関わらず、学芸員のモラルとして充分に配慮される必要がある。

(2)調査・研究 

  提  言
  1. 博物館における調査研究活動はすべての博物館活動の基本であることを、博物館の設立・運営の基本に据えることが重要であり、各館がその持てる機能を活用して共同研究を進める「対話と連携」が望まれる。これが全体の博物館力を高めることになる。
  2. 博物館における調査・研究は、各館がその設置目的に応じて設ける基本方針に沿ってなされるものであるが、それを遂行しうる研究諸条件を各館が整備し、博物館群全体のレベルアップに繋げるべきである。
  3. 展示・教育普及・管理運営など、博物館学分野の研究を深める必要がある。
  4. 優れた諸研究に対し、顕彰制度を設けることが望ましい。

 博物館における調査・研究は博物館活動の基礎をなすものであるが、現実には高度な調査・研究の成果をあげ得る条件を備えている館は、大小併せて5,000館近い博物館全体の一部に過ぎず、多くの館は物理的にその余裕を持っていない。しかし、中小館といえどもそれなりの調査・研究機能を持っておりそれらが連携することにより、総合的な調査・研究の成果をあげることができる。

 すでに試験的に実行している地域では、市町村の郷土館と県立博物館が連携し、最終的には総合研究の成果として、県立博物館での特別展に構成された。その前段階として、各郷土館が地域の特性とそれに応じた資料を発掘するに当たり、県立博物館の学芸員が出向き、ともに調査研究を行ない、各郷土館の学芸員の連携を促して、小企画の巡回展を実現した。これは「対話と連携」の一つの成功例といえよう。このような研究成果をあげるためには、県立博物館はもとより、県博物館協会などが中小館に対して対話を促していくことが必要である。

 学芸員同士の私的な横の繋がりは既に多く認められ、数館共同の調査・研究により企画展などが行われている。今後求められるのは、共同調査研究のフレームワークを広げることである。例えば、わが国は工芸技術に秀でているが、工芸の素材と技法、分業、流通運搬を調査研究するに当たっては、人文科学・自然科学などの協力を得て、その成果をオールラウンドなものとすることにより、研究の成果を高度で独自性を持ったものとすることができる。今後重要な自然環境保護などについても、異系列の学芸員や研究者が共同する研究が期待される。異系列の学芸員の横の「対話と連携」が博物館界の研究業績を高め広めることになる。

 博物館が社会教育機関であると同時に研究機関でもあることはいうまでもなく、研究紀要の出版、学会発表や論文提出を行う学芸員への支援は促進されなければならない。現在文部科学省の科学研究費補助金を申請する資格を持つ博物館は、国公市立をあわせ20館に過ぎないが、これらの館においては、その資格を有効に活かすことを期待するとともに、資格を有する館がさらに増えるよう関係諸機関に働きかけることを期待する。

 博物館における研究には、資料やそれに関連する研究のほかに、博物館資料の収集・整理方法、修繕・保存処理や保管・収蔵方法、展示方法などの改良や新しい方法の開発など、多岐に亘る研究があり、これらの研究を効果的に進めるためには館相互の「対話と連携」が望まれる。展示も含め教育普及活動などの改善には、社会との「対話と連携」が必須である。これら博物館学に関する研究がさらに深まり促進されることが望まれる。

 博物館学研究の成果を顕彰するものとして、棚橋賞がある。現在各種の博物館が増加するに伴い、研究課題も多様化している。これまで取り上げることの少なかった資料の保存・修復・復元など、また展覧会図録掲載の論文も学芸員の研究成果である。これらの研究に対して、評価し顕彰する制度が整備されることを希望する。

(3)展示・教育普及活動

  提  言
  1. 展示・教育普及活動は、市民との対話のツールである。それは博物館の特性とそれを活かした調査研究の成果を集約したものでなければならない。
  2. 展示内容は市民が楽しく学び、リフレッシュできるように配慮する必要がある。博物館は市民との「対話と連携」を強め、生涯学習機関としての機能を高め、参加協力するボランティアの受入れ体制を強化することが求められている。
  3. 学校教育との連携は現在もっとも急を要する課題であり、関係者との対話と連携が望まれる。
  4. 展示技術は日進月歩であり、展示技術の専門家との良き連携が必要である。
  5. 展示の企画に当たっては、展示資料に関わる個人情報の守秘など、人権保護に配慮し職業倫理を守る必要がある。

 博物館の諸機能は、展示を中心とする教育普及活動に集約的に現れる。この点が博物館と他の諸機関との顕著な違いであり、特色である。博物館は、収蔵資料などを充分生かした展示活動を通じて、他の類似諸機関には見られない独自の教育活動、すなわち人間の五感に訴える様々な体験を基底に置く教育普及活動の実践が可能な機関である。

 常設展示は、館の設立目的と学芸員の日常的取り組みを最もよく示すものであり、常に調査研究の成果が反映され、時代に即応した新鮮で興味あるものとなるよう心がけねばならない。展示内容は市民ニーズに応えているか、見やすいかなど、見る側の立場に立って考慮されなければならない。

 企画展示(特別展)では、市民ニーズに応える先進的な調査研究が広く取り上げられる。その際は展示企画委員会などを組織し、専門家から資料情報を得るとともに、市民ニーズを汲み取る評価システムと、市民との対話の機会を多く持つことが望まれる。この対話の中で展示倫理に関する問題も議論されてしかるべきであろう。

 博物館は、多くの市民にとっては非日常的な面が多く、それゆえに驚き・発見・感動などにより、楽しみながら学ぶ喜びを持ち、日常生活から開放され、新たな活力を生み出す要素を備えている。常設展示・企画展示の何れにおいても、驚き・発見・感動を触発するような創意工夫が求められる。

 博物館は展示以外に多面的生涯学習機能を持っている。講演会・講習会・体験学習などを求める市民の要望は多面化している。情報機器による情報提供も強く求められている。これらに対して柔軟な対応と対象者に応じたきめ細かな配慮が必要である。

 市民との「対話と連携」が最も密に発揮されるのはボランティア活動である。現在ボランティア養成に努めている博物館が増えている。自館のみで養成することが難しい館は、連携共同して養成することも可能であろう。ある教育委員会では、県民から美術館開設ボランティアの希望者を募り、県内の美術館数館が持ち回りで養成のための研修を1年間行なった。研修修了者はその後独自にグループ学習を続けている。ボランティア養成研修に参加した小美術館はそのボランティア予備グループに特別展の解説希望者を募り、短期研修を実施し展示解説に備えている。これは地方自治体と法人などが設置する中小博物館とが連携した有効な例である。

 展示品の解説に留まらず、博物館の諸活動にボランティアが参加することが、市民からも博物館からも求められている。しかし、館員不足をカバーするような意識で導入することは厳に慎むべきである。

 2002年度から公立学校の完全週5日制が開始されるのに伴い、総合的な学習の時間が設けられ、学校教育の中に博物館が位置づけられるようになった。しかし、学校教育と博物館教育とはそれぞれ異なる特性を持っている。学校教育の延長線上で博物館を捉えることは、博物館教育の幅を狭める怖れがある。したがって、学校では学校教育の中で博物館をどのように活用したらよいかの工夫が必要であり、博物館では学校との「対話と連携」を密にし、博物館の活用法を協議検討し、その成果の評価などの情報交換が必要である。

 展示技術は日々進歩し、その機能は拡大している。また観る展示ばかりでなく触察展示や体験コーナーなどの工夫もこらされるようになっている。博物館は相互および関連施設、展示技術の専門家などとの密接な連携により、市民によりよいサービスのできる展示を開発することが望ましい。



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登録日:2002年9月10日