海外博物館めぐり 6

スウェーデン王立自然史博物館
(Svenska Naturhistoriska Museet)

鈴木雄太郎 (静岡大学理学部)

発行:2002/09/10



写真1 北欧スウェーデンとはどんなところなのか? ツンドラ気候のタイガのなかに点在する多くの湖、冬にはオーロラの下の雪原に群れをなすトナカイやヘラ鹿、そんなイメージが我々日本人に思い浮かぶところであろう。一方、我々古生物学者、そして分類学を志した者にとっては、リンネを輩出した国というイメージも湧いてくる。

 スウェーデン王立自然史博物館(http://www.nrm.se/welcome.html.se)は、スウェーデンの首都ストックホルムにあり、地下鉄中央駅から20分ほどの郊外に位置する。私とこの博物館の関わりは、平成7年の私の修士1年時から始まった。そこから平成11年の博士3年次までの5年間、野外調査の中継基地として、または指導を請うために毎夏3ヶ月間、研究部門にお世話になっていた。博士2年次の夏期から3年次の秋口の期間には、私を研究部門の博士課程研究生として正式に置いて頂き、議論を重ねる機会を与えて頂いた博物館である。
写真2
 研究部門との関わりを最初に述べてしまったが、この博物館は、建物ばかりではなくスタッフについても、展示部門と研究部門とがほぼ完全に分離独立した形態をとっている(写真1)。展示部門の正面入口を入ると、まずリンネの銅像が来客者を迎えてくれる(写真2)。しかし、一般に見聞きする外国の博物館と同様に、展示物そっちのけで子供達は走り回り、「なんだこりゃー」というような叫び声をあげるなど、リンネによる出迎えという格式の高さからはかなりギャップがある。

 展示部門の成功例といえば、上下左右240°の半球状スクリーンをもつプラネタリウム型映画館を4, 5年前に新設したことである。このなかで、自然科学をテーマにしたドキュメンタリー仕立ての映像を有料で見ることができる。私の滞在時には、「グランドキャニオン」、「火山」、「宇宙」、「アラスカの自然」などの映像がラインアップされていた。「アマゾンの自然」のなかで川下りの映像を見たときは、ほんとに酔ってしまったほど、迫力満点の三次元的な映像であった。この自然科学の三次元映画館を、入場料とは別料金にしたことにより、博物館の収入がかなりアップしたと聞いた。映像の種類は随時新作に入れ替えられており、新作紹介などの宣伝にテレビのコマーシャルを使っていることには少なからず驚かされた。

写真3 研究部門は、生物、植物、地質、古生物学の4セクションに大別されており、各セクションが幾つかの部門に分かれている。古生物セクションは、古動物学(palaeozoology)と古植物学(palaeobotany)部門にわかれている。研究環境を巡る現状は、日本よりも厳しいかもしれない。私の指導教官であったJan Bergstrom教授が古動物学部門の長であった時に、「スタッフ数を17から11に減らせ(技官含む)」、という指令が政府から下り、かなり大変な思いをしたとこぼしていたことがあった。そのような状況のなかでも、研究のレベルは常に高く、現在はバージェス型動物群や軟体部保存化石(J. Bergstrom: 写真3)、SSF動物群(S. Bengston)、新生代肉食類(L. Wedelin)を扱う世界的にもトップレベルの研究者3人がこの研究機関をリードしている。以前は、古生代の魚類関連の研究者達が世界の古生物学界をリードしていた。 NHKの番組「生命」で紹介された、最初の陸上進出を成し遂げた脊椎動物「イクチオステガ」の研究者は、お茶の時間に顔を出しては、過去に自分が参加したグリーンランドでの脊椎動物化石のエクスペディション(探検)にまつわる裏話を披露していた。

 現在在籍している研究者らの特筆すべきところは、啓蒙活動や一般普及の重要性も見過ごしておらず、低年齢むけの理科質問コーナーの開設をホームページ上で行うなど、博物館の他のセクションでは行っていないことを、古動物学部門のスタッフのみで一手に引き受けている。以前、三時のお茶の時間に、「水はなんで透明なのか?」という子供の質問があったことを笑い話で紹介していた。博物館の展示部門にもいろいろとアイデアを提供するなどしたらしいが、研究部門と展示部門の明瞭な分離化があるとのことで、なかなかうまくいかないらしい。今後、最先端の研究で得られた知識をどのように還元していくのか、注意深く見守っていきたいところである。

写真4 古生物学と博物館という観点では、どのような標本管理システムを採用しているか、そこにまっ先に注意が向けられるのが常である。現在の古動物学部門のシステムは、地域=時代=分類群という分別順で、標本をストックしていくシステムを採用している(標本を収納する棚(写真4)は、全て技官さんの手作りで、同規格の棚が4フロア400以上も整然と並べられている)。研究に使われた標本は別に保管されており、年度=研究者名という分別順で整理されているので、目的の標本を5分とかからずに探し当てることができる。上述したイクチオステガ関係の研究済みの標本類もすぐに見ることができた。私は、時間が空いたときにこれらの標本を眺めるのを楽しみにしており、勝手に、しかも何もしらず手当りしだいに様々な標本を見ていたのである。当時、「これはワニの頭骨かな?」などといい加減に想像していた標本が、後にNHKの「生命」の再放送のなかで紹介されていたので、かなり驚いた思い出がある。しかし、この伝統ある博物館といえども2, 30年前は、かなりいいかげんな標本管理であったらしい。それをスタッフ総出でタイプ標本を探し出し、現在のシステムを作り上げたようである。私はその当時のことを知らないが、スタッフの言葉の端々から当時の苦労を伺い知ることができる。そして、彼等が現在のシステムを作り上げたことにプライドをもっていることに非常に感銘を受けた。

 研究と標本の保管、そして一般市民へのサービスをバランスよく、かつ合理的に組み合わせていることに一番の感銘をうけた。若いうちにこのような人達がいる研究機関と関わりを持てたことは、私にとって得難い経験であった。今後、私が研究を通じてどのようなことができるのか?大学博物館や県立の博物館構想に何らかのお役に立てるよう一歩一歩研究を着実に進めていきたいと考えている。




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登録日:2002年9月10日