第12回見学会の報告 小笠山総合運動公園(建設中)周辺を見学して |
発行:2000/9/01
伊藤通玄 (静岡県地学会)
さる6月17日(土)10時〜13時半に亘り、自然博推進協主催の「小笠山総合運動公園(整備中)周辺」の見学・観察会が行われ、案内者を含め14名が参加しました。午前10時、JR掛川駅新幹線口に集合した参加者一行は、小笠山総合運動公園の中核施設=静岡スタジアム「エコパ」(エコロジーパーク)を全望できる展望台に向かいました。 展望台到着後、現地案内所で配布資料「小笠山総合運動公園」(静岡県2000年3月版)に基づく岡本武一次長(公園建設事務所)の概要説明(施設名・面積・施設内容等)があり、引き続き延原尊美・杉野孝雄・宮本勝海の各氏から地形・地質や植物・野鳥に関する情報提供があり、これに関連したいくつかの質疑がありました。なお、現地説明は環境巡視員の戸倉 薫氏にお願いしました。 小笠山総合運動公園施設完成イメージ(パンフレット「小笠山総合運動」より) @スタジアム、A補助競技場、Bアリーナ、Cテニスコート、Dその他、E広場、Fレクリエーションプール、 G園地・園路、H自然観察の森、I保全森林、J駐車場、K研修・宿泊施設。 (白のアミカケ部は第二期工事個所) 本公園の総面積は269ha(うち100haが造成面積)であり、その内訳は健康・スポーツゾーン23.4ha(多目的競技場5.0ha、補助競技場3.6ha、総合体育館2.0ha、テニスコート5.0ha、多目的運動場・競技場7.8ha)、健康・レクリエーションゾーン47.1ha(広場8.4ha、レクリエーションプール3.7ha、園地・園路35.0ha)、健康・自然ゾーン 173.8ha (自然観察の森4.8ha、保全森林169.0ha)、その他25.0ha(駐車場9.6ha、研修・宿泊施設1.4ha、防災施設・付替道路14.0ha)となっており、ワールドカップ・プレ大会(2001年)に向けての第一期整備費(用地費・周辺道路整備費を含む)は約1,100億円、そのうち、静岡スタジアム「エコパ」(多目的競技場)の建設費は約300億円とのことです。 小笠山総合運動公園東方に広がる小笠山丘陵の地形や地質について、延原尊美会員(静岡大学教育学部)により、小笠山の鳥について宮本勝海氏(日本野鳥の会遠江支部)による詳細な資料に基づいて解説されました。また、杉野孝雄会員(掛川草の友会会長)は、小笠山の植物について紹介されました。延原会員と宮本氏(本見学会後に本会に入会)の解説については、本号で詳細に紹介されていますので、ここでは簡単に紹介いたします。 小笠山丘陵は約100万〜数10万年前の大井川系礫層を主とする小笠層群(岩井寺累層・小笠山累層)で構成される。小笠山層群の下位にあたる掛川層群の堆積物(約400万〜100万年前の海底堆積物)が低営力・静穏な陸棚環境に堆積した砂泥互層や泥層であることと対照的に、小笠山層群の堆積物は礫層を主体とし、高営力・動的なデルタ環境の堆積物である。この小笠層群の堆積開始時における急激な堆積環境の変化の背景には、当時の海水準の変動や東海地方の構造的変動が関わっており、小笠層群の形成は東海地方の地史を語る上で重要な事件のひとつである。 小笠山丘陵が位置する東海地域は日本列島周辺でもっとも激しく変動している地域の一つであり、東海沖ではフィリピン海プレートが西南日本を含むプレートの下に沈み込んでおり、海底堆積物が次々と付加し、衝上断層を介してのし上げている。赤石山脈の隆起も、相良-掛川地域に分布する相良層群(約1000万〜400万年前の海底堆積物)〜掛川層群(約400万〜100万年前の海底堆積物)に認められる北東−南西方向に軸を持った波曲構造や小笠山面(小笠層群の推定堆積面)に認められるドーム状曲隆もこうした構造運動によるものである。 小笠層群が西南西から南南西に緩く傾斜するのも、これらの礫層堆積後に北東側が隆起したためで、現在でもその隆起は継続している。掛川層群から小笠層群への堆積環境(堆積システム)の急変も、このような構造的な変動が後背地の隆起、堆積盆の傾動を引き起こした結果といえる。 なお、小笠山丘陵の地形の特徴として、丘陵斜面の傾斜が北東側で急で、南西側が緩やかなケスタ様地形を示していることにも触れられ、このような地形の成因は、小笠山一帯に西南西〜南南西へ緩く傾いて分布する小笠層群(主に礫層)の方が浸食されにくく、丘陵の北東〜東方に広がる掛川層群(主に泥層)の方が浸食されやすいために生じたものと説明されました。 小笠山の植物は、種子植物1100種以上(1977年)、シダ植物200種以上(1974年)という植物の宝庫であったが、現在ではその多く(約1/3)が失われている。植物相の特徴として、以下のことが挙げられる。 (a) 山地性のアカガシと海岸性のウバメガシが共存している。 (b) 暖地性種子植物が主に分布しているが、分布の限界地に近い種として、ヤマモガシ、キダチニンドウ、トキワガキ、ヤマビワ、ナナミノキ、トラノオスズカケ、ルリミノキなどがある。 (c) シダ植物は暖地性の種類が豊富である。 (d) ヘビノネゴザ、ツヤナシイノデ、キヨタキシダなど、温帯性シダ植物が分布するが、種類、産量ともに少ない。 (e) スジヒトツバ、タカサゴキジノオ、リュウビンタイ、タカノハウラボシ、ナチクジャクなど、亜熱帯性シダ植物が分布している(分布の北縁)。 (f) コバノキフジ、コリンモチツツジ、オガサホトトギスなどの矮小植物が分布している。 なお、参考資料として配布されたリーフレット「小笠山総合運動公園」のなかには、杉野氏ほかが静岡県に提供された「小笠山の自然」(動植物のカラー写真20点)が掲載されており、小笠山周辺の生物相を理解するのに役立ちます(口絵参照)。 小笠山およびその周辺で確認された鳥は130種を越える。これらのうち、オオタカ(留鳥)、フクロウ(留鳥)、サンコウチョウ(夏鳥)、オオルリ(夏鳥)、ウグイス(留鳥)など、50種ほどが小笠山で繁殖していて、その他に秋にやってきて春に帰るカモ類(冬鳥)、ツグミ(冬鳥)、アオジ(漂鳥)、ノスリ、越冬するもの、移動の途中にしばらく立ち寄るシギ類(旅鳥)、コマドリ(夏鳥)、メボソムシクイ(夏鳥)などがある。また、少数であるが、若鳥でテリトリーをもたない時期に漂行してきたと見られるクマタカ、群れからはぐれたコハクチョウ、小笠山をねぐらにしているらしいオオジロワシも確認された。 現在、国内で確認されている鳥類は586種とされており、小笠山という限られた丘陵周辺で確認された130種余は、かなり多い種数といえる。その理由として、(a)まとまった広い林がある、(b)餌となる草木の実や昆虫などが豊富、(c)営巣環境・雛の餌など、繁殖に適した環境、(d)冬も比較的暖かく、餌も豊富(越冬しやすい)、(e)深い谷、明るい林、繁った林、溜め池など、多様な環境が挙げられる。 注目したい鳥として、タカ科(ミサゴ・ハチクマ・トビ・オオタカ・ハイタカ・ノスリ・サシバ・クマタカ)、ハヤブサ科(ハヤブサ・チゴハヤブサ・チョウゲンボウ)、フクロウ科(フクロウ・アオバズク・トラフズク)などの猛禽類が多い。 小笠山も近年開発が進み、自然環境は改変されつつあり、野鳥がどれくらい順応性をもって生存していけるかは今後の研究課題である。開発によって姿を消す鳥がある反面、姿を現わした鳥もいる。コチドリ・チョウゲンボウが樹木を伐採し、山を削って平らにした所にやってきた。近年、東南アジア方面から渡ってくる夏鳥が減っているのではないかとの観点で、全国的な調査が進められている。小笠山ではサンコウチョウ・オオルリ・クロツグミ・キビタキ・ヤブサメなど多くの夏鳥が繁殖しており、夏鳥の減少を確認してはいないが、広域的な生息調査で確かめる必要がある。 以上の情報提供・質疑ののち、スタジアム(多目的競技場)の建設状況を見学し、スタジアム東方の谷奥に設置されたビオトープ周辺を観察しました。この付近に自然観察センターを設置する計画があり、自然史博物館の地域活動センター(地域館)の機能を備えた自然観察センターが設置されるよう要望したいと思いました。あいにくの天候でしたが、植栽された水辺の周辺では、ウグイス・ホオジロ・ヒヨドリ・セグロセキレイ・コチドリ・ホトトギスなどが見られました。周辺の保全森林169haは間伐等で林相改善を進めるとのことでした。 梅雨期間中の見学会ということで企画の段階から小雨決行の予定でしたが、低気圧の東進が早まり予想以上の強雨となったため、午後に予定していた小笠層群(岩井寺累層および小笠山累層)の露頭観察は割愛しましたが、強雨をついて露頭観察に向かった熱心な参加者があったことを付記します。最後になりましたが、終始熱心にご案内いただいた岡本武一・延原尊美・杉野孝雄・宮本勝海・戸倉 薫の各氏に厚く御礼申しあげます。 |