特集「小笠山の自然」 小笠山総合運動公園と環境保全 |
発行:2000/9/01
杉野孝雄 (掛川草の友会)
1. 工事前の小笠山 (1996年6月19日撮影) 現在は中央付近にメインスタジアム「エコパ」が建設されている。 2. 工事前の大池付近 (1996年6月29日撮影) 池にはヒシが生え、湿地が広がっていた。 3. 現在の大池付近 (1999年3月9日撮影) 2と同じ場所から撮影、埋めたてられ法多山に行く道が新たにできた。 新しく造成された法多山に通じる県道北谷線の途中に、「エコパ丸見えスポット」があります。ここは、2002年に開かれるワールドカップサッカーや2003年の国民体育大会のメインスタジアムになる工事中の「静岡スタジアム・エコパ」やその周辺が見られる高台です。案内板があるのでその場所はすぐわかります。駐車場も整備されています。 工事の進行状況が一望できるこのスポットの一般開放日は、火・木・土・日曜日の午前9時から午後16時30分(昼休みを除く)です。開放日には、職員が常駐していて、パンフレットの配布や説明をしています。法多山に行く途中の観光バスが立ち寄ることもあり、多い日には1,500人から1,700人の見学者があり、平成11年7月から平成12年3月までの見学者数は延べ36,000人に達しています。見学者の多いことに驚かされるとともに、小笠山総合運動公園に寄せる期待の大きいことが実感されます。 しかし、このような大規模な造成が行われると、それにともない広大な面積の自然が破壊されその保全対策が課題になります。 県道北谷線を通ると「アナグマ横断注意」の立看板があります。この立看板を見た「エコパ」の見学者が「小笠山にクマがいるのですか。」と恐ろしがるとのことです。小笠山に生息しているのは、ニホンアナグマでツキノワグマではありません。アナグマはイタチの仲間で、形や大きさはタヌキに似ていますが四肢は太く短く、平たい感じがします。肉食性で小動物や昆虫の幼虫を食べます。果実など植物質も好みます。もちろん人を襲うことはありません。小笠山にアナグナは多く、穴を掘った跡が各地で見られます。 この立看板ですが、地元の人から「アナグマがひき殺されている。」との連絡を受けた公園事務所が立てました。県道北谷線は、以前は別のコースを通っていました。これを工事のため付け替え現在の道ができました。それがアナグマの昔からの移動通路を横切ることになり、急に生活パターンを変えることのできないアナグマが被害に遭っているのです。立看板でドライバーに注意を促するとともに、道に沿った側溝を工夫して移動通路を設置するなどの対策をしていますが、アナグナにとって突然にできた道は脅威であることに変わりはありません。 ところで、小笠山総合運動公園ではどのような環境に対する保全対策がとられているのでしょうか。発行されている冊子「小笠山の自然を守り育てる」に説明されています。造成工事が始められた平成7年から環境巡視員が置かれ、運動公園内を随時巡視し、公園事務所側と月1回の会合を持ち、巡視報告や提言、協議、連絡などが行われています。また、「環境対策調整会議」が設置されていて、地域住民、工事関係者、県関係諸部局と環境保全対策について協議の場が持たれています。 環境巡視業務の内容としては、次の4つの柱が示されています。
また、実施された対策の具体的内容のいくつかを生物関係についてみると、以下のようになります。 1. オオタカなどの野鳥の保護 運動公園でオオタカの生息が確認されたことから、オオタカの生息環境の整備を行うとともに、造巣、育雛中の近接地域への立入禁止と工事の自粛をしました。その成果があり、現在もオオタカは生息しています。その他の野鳥についてもラインセンサスなどで、常時その変動を追跡しています。 2. 貴重植物の保護対策 工事に先立ち貴重植物の分布調査を行い、スズカカンアオイ、クサナギオゴケ、ミズギボウシ、トラノオスズカケなどの貴重植物の位置を確認、現地保存、移植保存、種子・挿し穂による保全などを図っています。 3. 法面や造成裸地の緑化とそのモニタリング 広大な法面や造成裸地が造られその緑化が問題とされました。緑化には外国の牧草種子、近年は東アジアから輸入された種子が使われています。運動公園では各種の緑化がされているので、これら緑化のモニタリングを実施しています。また、地元で採取したチガヤの種子を使用した新しい緑化方法も試みています。 4. ヒノキ林の間伐と樹種転換 植栽されたヒノキ林が放置されたことで密生し、林内や林床は荒れ、生物相は単純化しています。これを多様性のある林にするために、間伐や間伐して広葉樹を植えるなど整備しています。 5. 地元の樹木を使用した林の育成 小笠山の林を復元するために植生調査を行い、これを基礎として樹種を選び、建物の周辺を除いた場所の植林に使用しています。具体的には、工事に先立ち主な木、約30種、1500本を仮移植して保存、造成後にこれを植えています。植えられている高木のほとんどはこれです。さらに、小笠山の林を構成している樹種の種子や挿し穂を地元で採取し、約50種、15万本を専用の育苗場で育て利用しています。法面や公園内に植えられた苗のほとんどはこのようにして作られたものが使用されています。 6. 環境教育プログラムの充実 将来、総合運動公園として利用されるのに備えて、自然に親しめる場所としても利用できるように、自然観察路の策定や生息する動植物の調査や資料の収集を行っています。 小笠山総合運動公園の総面積は約269ha、その中の運動施設は約100ha、残りの約169ha、63%は「ふれあいの森」として自然が残されています。このことは、工事に先だって平成6年に設置された「ふれあいの森」整備計画策定委員会の提言に基づいています。運動施設の背後に広大な自然が保全された総合公園。これがコンセプトされている計画です。 この「ふれあいの森」の森林整備計画が平成10年に検討されています。利用について、保護管理A・B地区、保全管理A・B地区と4つの地区に分け、その管理手法が示されています。注目されるのは、「ふれあいの森」の中で動植物の特に豊かな谷間やウバメガシの純林のある尾根部は、保護管理A地区として、「一切の管理を行わず、現状からの遷移の移行に任す地区」と位置づけていることです。その面積は約53ha、「ふれあいの森」全体の約1/3に当ります。 「ふれあいの森」の整備は、中遠農林事務所の所管です。平成12年度からこの169haの「森林空間総合整備事業」が始まります。その手腕に期待し、成果に注目したいと思います。 人が豊かな生活を求め続ける限り、自然に対する破壊は限りなく拡大していきます。それにともない、動植物の生活は無視されたり、二の次にされます。これに対する歯止めが必要です。小笠山総合運動公園で行われている広い範囲の自然を残した造成ときめの細かい自然に対する配慮は、一つの方向性を示しているように思われます。 小笠山の頂にある小笠山神社は、『静岡県神社志』によるとその歴史は古く、文武天皇の大宝2年(702年)に建てられたとのことです。その由来は、文武天皇の皇后が、熊野の3社を深く敬まっておられましたが、そのかいあって、皇子(聖武天皇)が誕生されたので、このことを、たいそうお喜びになられ、そのお祝として、大須賀町西大渕に本宮、三熊野神社、浜岡町高松に新宮、高松神社を建立されました。 次いで、当時まだ交通も不便で険しかった小笠山を那智に見たてて造営されたのが、小笠神社です。その後、平清盛時代に兵火で焼かれましたが、横須賀城主西尾隠岐守、掛川城主太田摂津守の祈願所となり繁栄しました。 (自然観察ガイドブック『小笠山』より) |