静岡県立自然史博物館設立に関する 要望書 |
静岡県知事 石川 嘉延 様 非営利活動法人 静岡県自然史博物館ネットワーク 理事長 池谷 仙之 静岡県は他県にくらべ自然が豊かで、自然の恵みの上に県民の生活があります。しかし、その自然の実態である動植物の分布や生態系についての基礎研究や自然環境の現状把握が組織的に行なわれていません。現在、静岡県の自然についての基礎研究や普及教育活動の多くは、県内の研究会や同好会の方が中心となって個別に行われているにすぎません。そしてその構成員は高齢化して、後継者が十分に育っていません。そのため近い将来、静岡県では自然について基礎研究や普及教育活動をする人材は不足し、静岡県の豊かな自然環境を保全・管理、普及して、後世に伝えることできなくなると、私たちは危惧しています。 私たちは、県立自然史博物館を動植物や自然環境についての展示機能のみの施設ではなく、その対象となる静岡県の自然についての調査研究と保存すべき標本などの収集・保存、展示を行なうとともに自然についての情報センターおよび人材センターとして教育や政策に対しても社会貢献をする機関と考えています。これらの機能を果たすための県立自然史博物館をできるだけ早期に静岡県が設置することを要望します。 静岡県立自然史博物館の設置にあたっては、まず静岡県の自然についての基礎研究と標本収集を中心業務とする「自然史研究センター」または「自然史博物館設立準備室」を設け、その機能の一部として展示や教育を行い、そのセンターまたは準備室が中心となってすべての機能を一体化させた静岡県立自然史博物館の設立を行なうべきであると考えています。 静岡県は自然が豊かで、日本の自然を理解するうえでも基礎研究をしなくてはならない重要な地域であり、防災や自然環境の教育や施策に関してもその研究成果が生かされる地域と思われます。しかし、静岡県の自然研究の現状は、大学やその他の研究機関での個別な研究はあるものの、総合的で組織的な調査研究が行われていないばかりか、そのような機関と人材がない現状にあります。その典型的な例として、県で昨年度作成されたレッドデータブックがあります。これに係わった研究者の多くは大学などの研究機関に所属していない県内の研究会や同好会の方で、その多くが高齢で、次の世代の後継者が育っていません。また、レッドデータブックの基礎資料や標本についても、組織的に保存されていないため、散逸または消失しています。 静岡県の自然に関する散逸の危惧のある標本資料については、自然学習・研究機能調査検討会の提案を受けて、平成15年度から静岡県で自然学習資料保存事業が開始され、今年度も新事業として継続されています。この事業により、個人所蔵標本の一部の保存が進められていますが、現在自然の中にある静岡県の動植物で保存すべき標本の多くは、調査し保存する目処も立っていません。 静岡県の自然研究や現状把握なくして、自然の変遷や自然環境の保全、さらに自然環境教育はできないと考えます。しかし、現在、静岡県にはその自然の現状把握をする機関もなく、人材も少なく、近い将来には静岡県では自然について研究や教育する人材が不足する可能性があります。そのような人材や組織がないことは、静岡県の自然の豊かさを認識し、静岡県の豊かな自然そのものを後世に伝えることができないことを意味します。 博物館は展示機能のみの施設ではなく、その対象となる「もの」についての調査研究と収蔵保存、さらに展示を行い、その「もの」についての情報と人材により教育や政策に対して社会貢献をする機関と、私たちは考えています。その中でも、自然史博物館は、現在の自然がどのようなものかということと、その成り立ちを明らかにして、後世に残すべき自然環境を地域の人たちとともに考え、それを残し伝えていくという機能をもっています。したがって、県立自然史博物館は、静岡県の自然環境についての組織的な調査研機関であるとともに、資料収蔵保存機関であり、自然についての情報提供機関、さらに自然環境についての教育機関という複合機能をもちます。 平成13年度に県が設置した自然学習・研究機能調査検討会では、「自然系博物館に関する県民ニーズに関するアンケート」を実施しました。その調査結果では、回答者の52.8%が自然に関する施設が不足していると回答し、新たな自然系博物館が整備された場合「行ってみたい」と答えた回答者が72.6%に上りました。同時に行った費用便益分析では、「社会教育施設としての県立自然系博物館の検討を進めるに値する県民のニーズが存在している」ことが確認されました。 (1)静岡県の自然の豊かさへの理解を深めるために 私たちの住む静岡県は、雄大な富士山や南アルプス、美しい駿河湾や浜名湖、水と緑の伊豆などの豊かで多様な自然環境に恵まれています。このような静岡県の自然の多様性はどのようにして成り立ち、そして現在どのように変わりつつあるのでしょうか?この問いかけに答える努力をつづけ互いに対話を持つことこそ、静岡県の自然の豊かさへの理解を深めることに他なりません。 静岡県は、地質構造においても、また生物地理においても、東日本と西日本の境界に位置し、自然環境やその成り立ちをまさに現地で学べるところです。そして、静岡県の自然史は、広く一般に島弧の自然環境と生物相の成立過程やそれらとの共存のあり方を世界に示せる可能性をもっています。県立自然史博物館では、このように他県にはない自然の財産について、標本・資料等を収集・保管、調査・研究し、広く県民や国内外からの来訪者に公開して普及・交流をはかり、静岡県の自然環境に対する理解と認識を深める活動を行います。 (2)静岡県の自然環境の保全と共生のために 静岡県は自然が豊かと言われるものの、最近では森林や里山の荒廃が叫ばれ、貴重な動植物の生息地も損なわれつつあります。県版のレッドデータブック(絶滅の危惧される動植物に関する資料集)でも明らかななったように、ほとんどの分類群で絶滅の危惧される状況が進行しています。貴重種だけが重要で守るべきものではなく、自然全体があって貴重種も守られます。今こそ、私たち県民ひとり一人が自然と共生する暮らしのあり方を考え、自然環境の保全に取り組むことが求められています。そのためには、県内の自然環境の現状やその成り立ちについての理解を深め、また自然環境の保全に関する知識を高めることが重要です。県立自然史博物館では、自然環境に関するよく整理された情報を県民に分かりやすく発信し、自然環境の調査や保全の活動をしている機関や団体同士が交流する拠点、ネッワークの核としての機能を果たします。また、現在県下ではNPO等による環境保全活動やさまざまな環境教育が展開していますが、公の立場からこれらと協同・展開して自然保護の実践的側面に貢献します。 (3)散逸や消失してしまう標本等を次の世代へ伝えるために 静岡県には貴重な動植物標本や過去の歴史を語る岩石や化石などを個人的に収集保管している方がおられますが、これらの多くは現在散逸の恐れがあります。また、県内には絶滅の恐れのある動植物も多く、これらを記録し、標本としての保管することも自然環境を知る上で大切です。さらに、個人の努力では収集や維持が不可能な巨木や露頭などの大型標本や特徴的な自然環境そのものも重要です。 自然環境の中では、一度失われたものを取り戻すことはできないために、散逸しそうな標本や絶滅しそうな動植物の標本については、できるだけ早く収集・保管する必要があります。また、静岡県に分布する動植物や岩石・化石のすべてについて、段階的に標本を収集して自然環境調査の基礎資料とする必要があります。県立自然史博物館では、このような自然を次の世代に継承する活動を行います。 (4)県民の生涯学習活動を支援するために 県民への自然系博物館に対するアンケートでは、自然系博物館の役割について「児童生徒の環境教育や課外活動の場」と「自然について学ぶ県民の生涯教育の場」を強く期待していることが明らかになりました。静岡県の自然を未来に伝えていくためには、子どもたちが自然と接して学べる場や県民が自発的に参加できる生涯教育の場が必要です。県立自然史博物館では、これらの学習や教育の場を提供し、そのような活動に対して積極的に支援する必要があります。 また、県内の自然関係の研究者が高齢化する一方、若い研究者や自然を愛好する子どもたちも育ってきていません。このままでは、郷土の自然だけでなく、自然を愛し科学する心までも私たちは次の世代に伝えることができない可能性もあります。そうならないためにも県立自然史博物館では、県内の機関やグループとネットワークを組み、自然について学べる機会をできるだけ多くを提供していきます。また、インターネット等を活用して、自然に関する情報発信や普及活動を行います。 目指すべき県立自然史博物館像とその整備計画について、以下のように提案いたします。 (1)目指すべき自然系博物館像 私たちの住む静岡県は、雄大な富士山や南アルプス、美しい駿河湾や浜名湖、水と緑の伊豆などの豊かで多様な自然に恵まれています。目指すべき自然系博物館は、この多様で豊かな静岡県の自然を詳細な調査研究によってさらに理解し、自然環境の保全と共生のために県民や研究機関とネッワーク組み、標本や自然環境を次の世代へ伝え、県民の生涯学習活動を支援するための機関であり、その活動の拠点となる十分な施設を有します。 この目的を果たすために自然史博物館では、県民に開かれた博物館として、参加、協働、交流、ユニバーサルデザイン等に配慮して、自然環境の調査・研究、標本資料等の収集・保管、教育・普及と活動支援、展示・情報発信という活動を行います。そのために以下の点に留意して施設および人材整備が必要です。
(2)「自然史研究センター」または「自然史博物館設立準備室」の設置 自然史博物館の整備設置には、標本収集や調査研究などに長期間を要することを考慮すれば、早期に「自然史研究センター」または「自然史博物館設立準備室」を設置し、県内の研究者の所有する標本資料を適切に保全し、同時に調査研究を展開し、本格的な博物館整備の準備を計ることが必要です。以下に、「自然史研究センター」または「自然史博物館設立準備室」の設置と機能等について提案します。 @散逸する危惧のある標本等の収集・整理 現在実施されている自然学習・研究資料保存事業にほぼ相当します。収蔵スペースを確保し、散逸する危惧のある標本・資料等を率先して収集・保管を進め、同時にそれらを整理してデータベース化を図ります。また、その他の標本・資料等についても積極的に収集・整理を進め、博物館資料の充実に努めます。 A「自然史研究センター」または「自然史博物館設立準備室」の設置とスタッフの配置 「自然史研究センター」または「自然史博物館設立準備室」を設置し、収集・保管および調査・研究に関する人材や将来の自然史博物館の準備運営に携わる中心的な専門スタッフを確保し配置します。これらのスタッフは、収集・保管および調査・研究を行うと同時に、県内外の研究機関や研究グループと連携・協力できる人的ネットワークや組織的交流を構築し、自然史博物館の準備計画策定へ参画します。 この専門スタッフ(学芸員)として、動物・植物・化石の主に3分野の専門スタッフ3〜6名と博物館の情報処理関係に精通した専門スタッフ1〜2名の、当初は少なくとも合計4〜8名の専門スタッフが必要です。また各専門分野については非常勤職員も必要になります。専門スタッフについては、以下の能力・資質をもつことが望まれます。 ・専門分野の標本について分類し記載する能力をもつ。 ・標本の整理・保管について知識と技術をもつ。 ・標本やそれら動植物の生態など自然学習について教育者としての資質をもつ。 ・専門分野の研究や市民による自然調査の指導者としての能力と資質をもつ。 ・博物館の情報処理および情報発信について知識と技術をもつ。 B調査研究・情報集積の推進と公開 「自然史研究センター」または「自然史博物館設立準備室」では、静岡県の自然環境に関する総合的な資料・情報収集を図り、また調査研究活動や研究交流を推進するとともに、その成果を公開し、自然史博物館設立のために活かす活動を行います。成果の公開については、インターネットはもちろん収蔵標本・資料等の特別展示会や多様な普及活動を実施し、自然史研究センターの成果を広く県民に還元します。 C自然史博物館設置の策定準備 静岡県の自然に関する標本・資料等の蓄積、総合的研究、連携・交流体制の確立、県民意識の醸成等の成果を踏まえ、「自然史研究センター」または「自然史博物館設立準備室」が主体となって自然史博物館設置の実施計画(活動計画、施設建設計画、管理運営計画等)を策定します。 静岡県の長期計画での位置付けとこれまでの検討経緯 1.静岡県の中長期計画における自然系博物館の位置付け (1)静岡県新世紀創造計画 「静岡県新世紀創造計画(計画期間:平成7年〜16年度)」では、以下の2つのテーマに自然系博物館が位置付けられています。
(2)魅力ある“しずおか”2010年戦略プラン 平成14年4月の「魅力ある“しずおか”2010年戦略プラン―富国有徳、しずおかの挑戦―」では、以下の2つのテーマに自然系博物館が位置付けられています。
2.これまでの自然系博物館設置構想にかかわる検討経緯 静岡県では、平成元年度より県立博物館整備に向けた検討が実施されてきました。当初は自然系、人文系と特定せずに総合的に調査検討が行われましたが、平成6年度に自然系博物館整備の方向性が示され、翌平成7年度に策定された静岡新世紀創造計画において自然系博物館整備が主要施策として位置付けられました。それ以後、各県の自然系博物館現地視察およびアンケート調査と平行して、次のような検討が実施されています。 (1)資料・文献等調査(平成8年度) 県内において個人などが所蔵している動物、植物、化石、鉱物等の標本の種類、数量、所在、保存状況等の調査が実施され、39人の所蔵者について46,234種、507,892点の標本があることが確認されました。 (2)資料情報収集等調査(平成9年度) 富士山や駿河湾等本県の自然に関し、自然系博物館整備構想の検討に必要な情報の収集および資料の散逸を防ぐための調査が実施されました。 (3)バーチャル技術等活用検討調査(平成9年度) バーチャル技術等の現状と将来動向、博物館への活用方策についての調査が実施されました。 (4)標本評価調査(平成9〜12年度) 平成8年度に実施された資料・文献調査に基づき、各分野の専門家による標本評価調査が実施されました。4年間の評価調査で、28人の所蔵標本14,132種、383,960点の評価が行われました。 (5)自然学習・研究機能検討会(平成13-14年度) 静岡県における自然系博物館の構想の展開を目指すために設置され、博物館に対する県民ニーズ・社会的要請、博物館の運営・展開について、座長及び副座長を含め15名の委員で検討が行なわれ報告書が提出されました。 (6)自然学習・研究資料保存事業(平成15-16年度) 自然学習・研究機能検討会による報告書の中で、「標本・資料等の収集・保存に関する緊急提言」を受けて、散逸の危惧のある標本資料の一部が収集保存されました。平成17年度からも継続して「自然学習・研究資料保存事業」行なわれています。 自然史しずおかindexへ戻る |
Homeにもどる 登録日:2005年9月22日 NPO 静岡県自然史博物館ネットワーク spmnh.jp Network for Shizuoka Prefecture Museum of Natural History |