静岡県の哺乳類(2) クマがでた! 春田 亜紀 |
【静岡のクマ】 今では「クマとの共存」「クマを守ろう」と誰もが考えるようになりましたが、ほんの20年位前までは、「クマは林業の敵!殺せ!殺せ!」というのがあたりまえでした。静岡県でも懸賞金付きでクマを捕殺していました。おかげで生息数・生息域ともに減少し、林業被害も減少し、「やれやれ」という時期がしばらく続いていました。そうしているうちに世論は変化し、「クマ捕獲自粛」「クマ保護」という時代に入りました。静岡でも捕獲が自粛され、1992年以降、南アルプス地域では分布域が拡大しました。それに伴い、今再び林業被害が大きな問題となってきています。静岡県ではこの南アルプスから続く広い範囲に「南アルプス個体群」と称されるクマのまとまりがあり、それともうひとつ、「富士地域の個体群」と称される富士山周辺に生息するクマのまとまりがあります。富士地域の個体群は、静岡県版レッドデータブックでも「絶滅のおそれのある地域個体群」にランクされ、人間活動に伴う森林の減少から、生息域の分断・孤立化による絶滅が危惧されています。 さて、今年の県内での出没状況はどうだったのでしょう?新聞などで報道されたものをあげると、9月22日清水でのイノシシ罠への錯誤捕獲、11月7日佐久間町での目撃、11月10日静岡市門屋でオリ捕獲後射殺、というのがありました。報道にならない情報を知りたくて、行政でクマを扱う、静岡県環境森林部自然保護室の鳥獣担当者の方にお話を伺いに行って来ました。担当者の方のお話では現在県庁に集まっている情報は、13件程あって、佐久間での目撃が多いとのことでした。その他、富士宮や渋川などの富士山地域や静岡市内での目撃情報がよせられています。市民からの通報(情報)は、各農林事務所に行きそれが県庁に集まってくるようになっています。しかしすぐにとはいかないようで、ある程度情報がまとまった状態で県庁に集まってきます。ですから各農林事務所にはもっと情報がよせられていると思われます。11月10日クマ捕獲に関する静岡新聞の記事では、通報や対応は静岡市だったようなので、市町村単位で情報をもっている場合もあるようです。また、行政に通報しない事例もたくさんあると思われます。先日、知人が某施設の待合室で男性がクマの話しをしているのを聞いたと私に教えてくれました。その内容は、「今年は富士山周辺のクマ出没が多く、たくさん殺した」というものでした。猟期以外のクマの捕獲許可(有害捕獲)は県が管理していて、このような捕獲許可はだしていない(絶滅しそうな個体群ですから!)ので、密猟が行われていると考えられます。これらの情報をまとめると、静岡でもかなりの数の出没があったことになります。人身被害はでていません。 【出没の原因は?】 静岡での出没、そして全国(本州)での出没は、今年に限って特別に異常なことなのでしょうか?私は「JBN(Japan Bear Network)」という会に入っていますが、そこには全国のクマの研究者が登録していて全国の情報が集まってきています。「JBN」 の統一見解としては、「北陸など地域によっては確かに今年はいつもよりも出没は多いが、出没が増加傾向にあるのはここ数年来、全国的にみられること。」というものです。ですから、テレビなどの報道が騒ぎ立てるように、今年に限って異常に多いというのは、間違った報道といえるでしょう。またそれ故、出没の原因は「台風によって餌がなくなった」という単純な理由ではなく、もっと深いところに問題があると考えられます。「出没が多い」=「個体数が増加した」とも思いがちですが、富士地域のように絶滅の危機に瀕している地域でも出没はおこるので、そうとも言えません。ひとつひとつの出没にはそれぞれ違う理由があり、その理由も一つではなく複合している場合が多いので、答えはだせないのですが、研究者の間では「この全国的な流れの原因」として、山村の過疎化、高齢化の進捗と、その一方で山ぎわまで依然作物が植えられていたり、収穫されないままの果樹の存在、さらには廃果の山ぎわ(時には林内)の投棄などが一層里へクマが出てくる状況を促進していること、ハンターの高齢化、減少等により、人を恐れないクマが増加していることなどをあげています。具体的に言うと(みなさんもちょっと思い浮かべてください)、家の庭には誰も収穫しなくなってしまった柿がたわわに実っている。周りには人影もなく、その家から10mも離れていない所はうっそうとした林で、家と林の間は草刈りもされず、やぶになっている。昨夜、この家に一人で暮らすおばあちゃんが野菜くずを裏の林に捨てた・・・、という今ではちょっと山の方にいけば、どこにでもあるような風景が、クマの出没の原因となっているのです。 【クマと共存するために】 先日テレビで、宮崎アニメ映画「もののけ姫」をやっていました。見た方も多いのではないでしょうか?映画は、たたり神に心奪われた大イノシシが村を襲う場面から始まります。見張り台の上で村人が村の周囲を見張っています。村の周囲には石垣が積まれていて、 石垣の手前はきれいに刈られた草地になっていました。その石垣を突き破り、その魔物は村に入ります。この場面に昔の日本の「人間と動物との共存」の知恵が描かれています。村の周りは石垣に囲まれて、野生動物の侵入を物理的に妨げています。そしてその手前の草地は動物が姿を隠すことができないため石垣と同じように動物の侵入を妨げます。その上、見張りがいつも見張っているのですから、野生動物が村に侵入するのは容易なことではなかったはずです。これは、「ゾーニング」という手法で、人間と野生動物との間に境界線をもうけて「棲み分け」を行っていたのです。みごとな共存策だったのだと、映画を見ながら思いました。 それでは、今の私たちには、何ができるのでしょう?クマを含めた野生動物と人間が共に生きるために、何ができるのか、私なりに考えをまとめてみました。 町に住んでいる人は、@野生動物の生態や保護管理に対する正しい認識を持つ。A被害防除活動などに参加する(里山の草刈りや柿もぎもそのひとつ)。B広葉樹の植林や放置人工林の手入れなどに参加し、野生動物の生息環境を改善する。C世論を作る(共存にはお金がかかるのです!行政を動かしましょう!)。D森の中に入るときには音のでるものを持ち、ゴミは必ず持ち帰る。 森と隣接した所に住んでいる人は、@自分の住む所は自分で守るという意識を持つ。A殺すことは根本的な解決にならないという認識をもつ。B野生動物の生態や保護管理に対する正しい認識を持つ。C農作物を放置しない。D・生ゴミを家の近くに捨てない。E家の近くの藪を刈る。F林縁部の巡視や定期的な追い払い。G行政と連携して、出没時の対策マニュアルを作る。H無意味な殺戮をしないために、学習放獣への理解と積極的な利用。I出没防止・被害防除の実行。 行政は、@野生動物の状況を把握・予測・対処できるよう調査研究費等の財源を確保する。A各地域に野生動物への対処の仕方を理解した人を配属する。B地元と連携して出没時の対策マニュアルを作る。C出没情報の迅速な収集と対応。D1件1件の出没の原因の解明。E出没防止策の啓発・指導。F捕獲個体のデータの収集。G無意味な殺戮をしないために、学習放獣を積極的に利用。H保護対策と危機管理体制をセットで構築する。 研究者は、@正しい情報を多くの人に提供する。A野生動物被害防除法の確立。教育者(教師・環境教育者・野外活動指導者・アウトドアインストラクター)は、@より多くの人に、野生動物の現状や被害について伝える。A正しい認識と知識を持ち、子供達(大人も)に教える。Bクマに出会わない方法やゴミの処理法など、山に入るときのルールの普及。C社会全体で共存を考える場をつくる。マスコミは、@正しい情報と認識をもって、報道する。 【さいごに】 先にお話しした、宮崎アニメの中には「人と自然の関係」というテーマがいつも隠されています。「もののけ姫」の中で、主人公(?)のアシタカが「人間と森が共に生きる道はないのか?」と叫ぶシーンがあります。これは人間が生きていく上での永遠の課題なのだと私は思います。「自然のままがいい」と放っておいたら事態は悪くなる一方です。私たちは、お金も人もかけて、野生動物と人の新しいつきあいかたを模索していく必要があり、そしてそれは、とてもとてもたいへんな道なのです。 「クマがでた!」という報道を見て心を動かした人たちが、次は頭と体を動かして一歩を踏み出してくれるなら、今年のマスコミの異常なクマ騒動も無駄ではなかったといえるのかもしれません。 |
自然史しずおか第7号の目次 自然史しずおかのindexにもどる Homeにもどる 登録日:2005年9月25日 NPO 静岡県自然史博物館ネットワーク spmnh.jp Network for Shizuoka Prefecture Museum of Natural History |