コラム 静岡県の昆虫(6)

ツマグロキチョウ

清 邦彦


最終更新日:2004年9月21日


ツマグロキチョウ

  それまでたくさんいたチョウが突然姿を消してしまうことがあります。神奈川県のツマグロキチョウもその例のひとつでしょう。発生地は河川敷なのですが、秋型は分散性があるので、かつてはどこでも広く見られたのですが、今は絶滅危惧種です。そう言われてみると静岡県でも他人事ではなくなってきていることに気づきます。

 静岡県にはキチョウとツマグロキチョウの2種のキチョウ属がいます。どちらもよく似た、モンキチョウよりも一回り小さい黄色いチョウです。このチョウに関心を持ったのは1970年代の初めでした。夏の終り、安倍川の支流、足久保川の河川敷にたくさんのツマグロキチョウが食草のカワラケツメイに産卵をしているのを見つけたのです。母チョウは若い葉の先端に止まり、茎の方に向かって数歩歩いて、鳥の羽のような葉の中央の葉脈の部分に1卵産み付けます。どのチョウも同じ産卵行動をとっていました。

 だから卵は必ず中央の葉脈上にあります。そこに1匹のメスのキチョウがやってきました。カワラケツメイには見向きもしません。同じマメ科でもコマツナギには何回も近づきましたが、産卵はしませんでした。やがてメドハギに何度も近寄ったところで葉の上に止まりました。止まったかと思ったら1卵産んで飛び立ってゆきました。ですから卵の位置はさまざまです。こちらは植物選びには慎重なのに産卵位置には無頓着です。見かけはよく似ているのに行動はこうも違うものかと思いました。

 9月下旬から羽化するツマグロキチョウの秋型は、羽の先がとがり、後ろばねの裏側には葉脈のような黒い筋があります。前ばねをしっかり後ろばねの間に入れると枯葉のようにも見えます。枯葉に化けて冬を越すのでしょうか。春はまだカワラケツメイは芽生えたばかりなので、母チョウは地上に降りて歩いて食草の茎をのぼって産卵します。やがて初夏に夏型となって羽化してきます。

 ツマグロキチョウの幼虫の食草はカワラケツメイだた1種です。しかもカワラケツメイの見られる場所は河川敷でも限られていました。そこは何年かに1度は大水のため洗い流されて裸地になってしまうやや低い砂地でした。カワラケツメイはそうやってできた裸地に真っ先に生える植物です。大水に流されることなくいつまでもそのままですと、やがては他の植物の茂みに埋もれてしまいます。ツマグロキチョウもいなくなってしまうのです。

 ツマグロキチョウが少なくなってきたのは、治水によって大水がなくなったこと、土砂の供給がなくなったことです。静岡県では幸いなことに富士川、安倍川、大井川、天竜川といった勾配の急な砂礫質の大河川があることから、まだ神奈川県のような状況にまでは至っていません。でもいつか、忽然と姿を消す日がくるような不安があるのです。



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登録日:2004年9月21日


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